書籍・雑誌

2017年12月21日 (木)

「平成夫婦善哉」 河野丈洋・角田光代   週刊朝日  12・29

「週刊朝日」の12月29日号は猫の表紙なり。

その猫につられて買った週刊誌。(ホントは「平成夫婦善哉」が読みたかった。)





ともあれ、今号はスゴイことになっている。

丸ごと一冊ネコ特集 cat

特別付録が「岩合光昭の子猫カレンダー」だし。

「ネコ ! ネコ ‼  ネコ!!!」 のページ、「猫語を話そう」・「愛猫との死別」

「お犬さま、お猫さま10の質問」と猫満載となっている。

そして、絵巻や浮世絵、名画に描かれたネコたち。

竹久夢二の黒猫、丸山応挙の「菜花遊猫図」など。

猫好きな人たちへのクリスマスプレゼントみたいだ。






ところで、肝心の角田さんご夫婦の対談。

その前にお二人の写真には、やっぱり、丈洋氏に抱かれた愛猫「トト」はんが。

飲み友達だった2人が結婚したのは2009年とか。

女の子にふられた丈洋氏と離婚したばかりの角田さん、傷ついた2人が身を

寄せ合った、わけだ。

「人と別れることは耐えがたくつらいことだと思うけど、頑張ってください」と

告げた丈洋氏。

すてきなお二人だ。

2017年12月20日 (水)

歌集『遠音よし遠見よし』 伊藤一彦  現代短歌社

「心の花」に入会したのは1968年、来年で50年になる著者の

518首を収めた第14歌集。

牧水研究家としても高名な著者だが、日本の各地を旅し、そして、

日向(宮崎)の地をこよなく愛していることが歌からも伝わってくる。

    姫島はあさぎまだらの休息地ふぢばかまのうへ低く高く飛ぶ

    久久に逢ひて拝める阿修羅像 より若く見ゆわが老いし分(ぶん)

    私(わたくし)は人ではないとあぢさゐが人のかほしてまつしろに咲く

    次つぎに滝壺のなかに飛びこめる紅葉(もみぢ)の速度びめうに違ふ

    神楽のくに日向(ひうが)にありて今年まだ神楽を見ぬは言はずに秘密

    被災地に行きしは一度 何もしてゐないと歌ふも震災詠か

    境とはへだつるところ境とはあひあふところ この世は境

    めぐりなる家家まもり社のみ大屋根落とし静まりてをり

    夫婦二人どこにも出でず誰も来ぬ稀なる一日(ひとひ)ふたり

    宴(うたげ)す

    フランス語に似ると言ふ人ときにある日向弁もて花の雲語る


①首目は、大分県の東国東郡(ひがしくにざきぐん)の小さな島。わたしの

 故郷から近く、伊美港から船が出ている。お盆には「キツネ踊り」で観光客

 が多い。近年はアサギマダラの飛来地としても有名になり津々浦々から

 人々が観賞に訪れる。

②首目、阿修羅像を拝んだ時の「より若く見ゆ」の発見 ? が、ユニーク。

④首目、何が飛び込むかと思いきや、紅葉でホッとした。しかし、その

 飛び込む速度が微妙に違うとは、よくよく観察している。

⑤首目、「神楽を見ぬは言はずに秘密」が、いかにも著者らしい。悪戯っ子の

 ような茶目っ気さが微笑ましい。

⑥首目もまこと正直というか、人間性の感じられる歌。

⑦首目は、今年のお正月にお参りした阿蘇神社はいまだにシートが

 被されていた。しかし、参拝客の多さは、「めぐりなる家家まも」った

 所以でもあろう。

⑩首目、日向弁がフランス語に似ているとは、知らなかった。










いずれの歌も平明であり、一読、意味も理解できる。

変に文学的にしようなどという気負いのないところがいい。

足の向くまま、気の向くまま、(必要に迫られての旅もあるだろうが)各地を

旅し、人との出会いやふれあいを愉しんでいる様子がなんとも爽やかで

ある。

充実の七十代、充実の第14歌集である。タイトルになった歌は下記。

    遠音よし遠見よし春は 野への道ひとり行きつつ招かれてをり

                     2017年12月15日発行   2700円+税




cat          cat

速報で〜す。

あろうことか、あの北大路翼(きたおおじ・つばさ)さんが、朝日新聞の

「ひと」欄に掲載されています。本日、12月20日の朝日新聞の2面です。

アウトロー俳句を出版したということで〈時の人〉になってしまいました。

著名人になってしもうた、と、一抹の寂しさがなきにしもあらずですが、

まぁ、喜ぶことにしましょう。

           太陽にぶん殴られてあつたけえ



     

           僕にとって俳句は世の中に対する疑問や悩み、

           怒りがきっかけで生まれる。だから俳句事体

           アウトローな行為だよ


その言や良し。

著名人になってしもうて、己れを規制しないこと(笑)。

博多から応援しています。

 

 

2017年12月13日 (水)

歌集『そらみみ』 宇田川寛之  いりの舎

2000年から2015年の作品、415首を収めた第一歌集。

それにしても「短歌人」に入会したのが20歳のとき、と「あとがき」に

書いているので、およそ10年間の作品は一部を除いて、削ってしまった

ようである 。

      青年を自称したれど木の芽どきからだの芯から傾いでをりぬ

      さくらさくら誰のものでもなきさくら今年のさくら見ず逝きし人

      労働は石のごとくに冷たかりいきなり風邪をひくこともある

      いきなりの別れのあとはどしやぶりになればいいのに、取り

      残されて

      毀誉褒貶なきもさびしき、表現の岬にわれは取り残されて

      参道をひとはあふれて去年よりわづかに大きな熊手を買ひつ

      仕事場の契約更新ありにけり変はり映えなきことをよろこぶ

      ねこじやらしを我に教へてくれし子と木陰の歩みしばしゆるめぬ

      平凡に生きて平凡に死にたいとおもふ二月の雪の舞ふなか

      ゆとりなき暮らしはつづきかたはらに猫を飼ひたいといふ声のあり



ナイーブな若者の心情が淡々とうたわれている。

高揚感といったものはあまり伝わって来ない。従って、作品が騒がしくなく

常に一定の温度を保って、一人の世界(家族もいるが)が、うたわれている。








3首目、4首目と偶々結句が「取り残されて」の同じフレーズになって

しまったが、その意識はかなり根強いのでは、ないだろうか ?

6首目、7首目と仕事に関する歌、ことに6首目には1年ごとに前年よりも少し

大きめの熊手を買うという経営者ならではの姿勢が窺える。

「生活即短歌」ということなどを想起してしまうほど、この歌集は演技性 ? 

皆無である。わたしはそのことをとても尊く思っている。

30代、40代はまだまだ「エエカッコ」したいと思うのだが、その片鱗さえもない。

着実なのだ。



10首目の歌など、さしずめ近代短歌の流れを組むような1首でもある。

そういえば、近代歌人たちの歌には、このようなシチュエーションの歌が

多くあった。みんな貧しく、子だくさんで、子どもに玩具の一つも買って

やることが出来なかったのだ。

時代は、現代。

子は(妻かもしれないが、いや、この場合は子よりも妻の方がいい。笑) 

猫を飼いたいと言う。

猫を飼うためには、ペット禁止のマンションなどでは飼うことが出来ない。

妻にしてもこころなしか、寂しいのであろう。

いずれにしても「ゆとりなき暮らし」が現状である。









作者は「短歌人」所属であり、編集委員でもある。

作歌を始めて四半世紀、短歌という自己表現があったこと、その短歌を

作り続けたということは「取り残されて」では、断じてなく、むしろ自信を

持っていいのでは、ないだろうか。









                   2017年12月15日   2500円+税

 

2017年12月12日 (火)

『京都うた紀行』 河野裕子・永田和宏  文春文庫

『京都うた紀行』が、文庫本になっていたので買って来た。

「歌人夫婦、最後の旅」の副題が付いている。

この書の初出は、京都新聞の2008年7月〜2010年7月の2年間に

河野裕子さん25回、永田和宏さん25回の「京都歌枕」の連載だった。


この初回の連載が新聞紙上に載るのと前後して、河野裕子さんの乳癌の

転移・再発が告げられた。しかし、河野裕子さんはその連載の2年間を化学

療法と向き合いながら、頑張った。

そして、2年の連載が終わり、打ち明げの対談を終え、1カ月も経たずに

あの世へ旅立ってしまったのだ。(2010年8月12日逝去、享年64歳)


京都、洛中・洛東・洛北・洛西・洛南、そして滋賀の歌枕を訪ねて、足を運び、

その地にちなむ歌人の歌を取り上げ、二人も作品を寄せている。

「この人と一緒にここにくることはもう二度とない」の二人の思いをおもいつつ

読んでゆくと胸が締め付けられるような痛みと悲しみに襲われる。



      人には、生涯に一度しか見えない美しく悲しい景色というものが

      あるとすれば、あの秋の日の澄明な鴨川のきらめきが、わたしにと

      とってはそうだった。この世は、なぜこんなにも美しくなつかしいの

      だろう。泣きながらわたしは生きようと思った。     「賀茂川」

 

           来年もかならず会はん花楝(はなあふち)岸辺にけぶる

           このうす紫に              河野 裕子








       ーー略 誰にもすがることができず、為(な)すすべがなく、それでも

       生きていかなければならなくなった時、人には祈ることしか残って

       いない。ーー略                       「寂光院」

            みほとけよ祈らせ給へあまりにも短かきこの世を過ぎゆく

            われに                  河野 裕子



「河野裕子とともに  あとがきに代えて」の永田和宏さんの文中の言葉

「河野裕子はさまざまの大切なものを残してくれたが、この一冊も

その時間と空間を共有した思い出とともに、わたしには大切な一冊となった」

と記している。


                      解説 芳賀 徹

                      2016年1月10日 第1刷  660円+税 

 

2017年12月 7日 (木)

歌集『猫は踏まずに』 本多 真弓  六花書林

『猫は踏まずに』がやって来た。

ネコポスで届いたのは年鑑だったけど、この『猫は踏まずに』は、どうやって

わがやに来たのだろう。

それにしてもなんと愉しいタイトルなのだろう。

愉しいタイトルで、歌も愉しいのが沢山あるのだが、おしまいまで読んで、

再び、読んで、なんだか泣けてきた。

そうか、本多さんってわがやの愚息くらいの年齢なのかと思ったら、また、

泣けてきた。

     わたくしはけふも会社へまゐります一匹たりとも猫は踏まずに

     三年をみなとみらいに働いてときどき海を見るのも仕事

     漢字なら偏と旁のやうなもの手をつながずに歩くふたりは

     さくらちるさくらちるとてわたくしは小金を稼ぎ新聞を読む

     祖母よりも母よりも手は美しい 消費することのみゆるされて

     ふれられてひかるからだがあるころにわたしあなたに出会ひた

     かつた

     死ぬまでにつかひきれないぐらゐあるわたしの自我とハンドソープは

     いまはただ沼と呼ばれてをりますがむかしわたしは湖でした

     ししくしろ黄泉で待つとや待たぬとやくづれはじめるまへにあひたい

     休日の身分証明書(アイディカード)をぶらさげぬわたしの首のこころ

     もとなさ







①首目、 「猫は踏まずに」って、他に何か踏むことがあるのかな。

  「猫踏んじゃった♪」の軽快な曲とは裏腹に、禁忌を課しているような

  決意を感じる。

③首目の「手をつながずに歩くふたり」を〈偏〉と〈旁〉に譬える発想は新鮮。

  その体験がないと浮かばない発想 ?  であることよ。

⑤首目の下句は実感だろう。むかし、妹がつくづく言っていた言葉「消費する

  ばっかりで、生産したことがないってのは、せつない。」が思い出された。

⑥⑦⑧首目の歌は、自虐と自愛のこもごも籠る歌であり、本多さんの肩を

  抱いて、「よし、よし」って、労わってあげたくなった。

⑨首目の「ししくしろ」は、「黄泉」に掛かる枕言葉。他にも「あからひく」

  などの枕言葉が遣われていた。「くづれはじめるまへにあひたい」なんて、

  悲しいではないか。わたしが男だったらすぐさま逢ひに行くのだが……

⑩首目の歌、「身分証明書」を下げている時だけが、存在証明(アイデンティ

  ティー)を得ているような、会社人間なのだ。

 

働くことが好きな会社人間なのだが、それだけでは埋められない隙間が

ある。それは何なのか。

体力だったり。若さだったり、産むという性だったり、一つだけでない、複合的

なものかも知れない。

アラフォーの独身女性の優雅な ? 歌集なのだという先入観で読みはじめた

のだが、いろいろな意味で考えさせられた歌集だった。

 

                                     解説 岡井 隆

                 栞  花山多佳子・穗村弘・染野太朗

 

                                    2017年12月14日 初版発行   2000円+税

 

 

 

2017年12月 6日 (水)

『ピアフは歌ふ』 伊勢方信歌集 本阿弥書店

平成25年9月から29年4月までの4年間の作品を収めた第8歌集。

終戦の翌年にエディット・ピアフの歌ったシャンソン「バラ色の人生」、

この歌は「勝者・敗者の別なく、自分らしい生き方を探る起点として、

希望を与えてくれたことは否めない。」と、「あとがき」に記している。




     涅槃像をろがみくだる箭山(ややま)より周防の灘へ茜ひろごる

     いもうとの積む石くづす鬼卒らはわが国東(くにさき)の鬼にあらざり

     一夜にて鬼の築(つ)きたる石段をのぼりゆくとき日は闌けゐつつ

     わたつみに日の道月の道ありて今宵仲秋の月渡りゐつ

     三隅川くだれば筑後 大宰府へつづく街道に無花果ひらく

     帰省の子見送る庭に喬木となりたる楤の芽がふくらみぬ

     傷つかぬ生き方はなし あかときのたとへば葉蘭に跳ぬる霰も

     わが遺す歌はおほよそ歎きにてなげきの塚を盛るここちせり

     神仏と共に生きこし国東の日は海に出で海に沈みぬ

     ちちははの知らぬ時代を生きつぎてけさ七十五歳(ななじふご)の

     熱き茶をのむ








大分県別府市在住の著者だが、生まれは国東である。

大分は、わが故郷でもあるので、この一冊はふるさと満載でうれしい。

1首目の「箭山(ややま)」は、八面山(はちめんざん)とも呼ばれ、どの方角

から見ても同じ姿だと子どもの頃、きかされたものである。



3首目の「一夜にて鬼の築(つ)きたる石段」は「熊野摩崖仏」であり、ここの

石段は大きな荒い石が無造作に積みあげられている。そんな石段ゆえに

鬼が一夜で築いたのだという伝説があるのだろう。登るのに難儀をする

石段でもある。(思えば、随分昔にNHK学園の旅でO井さんやS藤さんなど

と登ったような記憶が……)







さて、さて、そんな話題は別にして、75歳になった著者の第8歌集には、

身辺の雑詠から、社会への醒めた眼差し、成人した子等に対する思い、

早くに亡くなられた妹さんへの追慕などが歌われている。

「希望が果敢無い幻想」だったとしても、生きて、生きて、歌うしかないのだ。

   


         バラ色の人生はたれも知らぬゆゑ声おさへ歌ふエディット・ピアフは










                    2017年11月19日    2700円+税

 

 

2017年12月 4日 (月)

歌集『夜のボート』 鶴田 伊津  六花書林

前歌集『百年の眠り』に続く10年ぶりの第2歌集。

真っ黒の表紙のシンプルな装幀に著者の思いの丈が込められて

いるような気がしないでもない。

 

     この世とは忘れてもよいことばかり蜆をひとつひとつ食みおり

     アンパンマン戦うたびに「こわいからテレビ変えて」と吾子は泣きたり

     もつれたる根をほどけずにいるごとく満身創痍 ええわどうでも

     思いきり叱れば部屋の隅にゆきぬいぐるみの耳かじりいる吾子

     落葉ののちの軽さをてのひらに握りしめれば秋、匂い立つ

     子のなかにちいさな鈴が鳴りているわたしが叱るたびに鳴りたり

     もっともっと産みたかったよこの秋のコスモスが地に揺れいるくらい

     ガムランの響くわたしの体内をあなたは知らぬ 知らぬままいよ

     お前とかあんたとかいうあけすけな関係がいやや、いややったんや

     ぼうりょくをしらないわたしの両の手がふるえる ふるえをおさえ

     ふるえる









猥雑な世間から隔離されたような、母子の日常がうたわれている。

母(作者)の心は真っすぐ、吾子に向けられている。

従って吾子以外の他者(夫であれ)入り込む余地がないように、その日常は

子を軸にして巡っているような感じである ?  。



その吾子(娘)も10年前は2歳であったのだが、12歳になった。

母子一体の関係はこれから母の方が子離れしないといけないのでは

ないかと作者自身も薄々気付いている。


母と子の濃密な季節が過ぎようとしている。

しかし、このような〈濃密な母と子〉の時間を持てた、そのことただけでも

幸せだったと、いえる。

「意地っ張り強情頑固内弁慶」な子は、母(作者)の子である。


2度、3度とページを捲るたびに、作者の心情が纏わりつくような感じが

した。粘着質な ?  作風というか、うまく言えないのだが、かなり気になる

作者である。


                 2017年12月15日   2400円+税

2017年11月29日 (水)

歌集『羅針盤』 本川克幸  砂子屋書房

2016年3月、著者・本川克幸氏は急逝された。享年51歳。

北海道の根室在住であった。

未来短歌会の佐伯裕子選歌欄の「月と鏡集」に投稿されていた。

遺歌集となってしまった本集は、2012年から2016年までの「未来」誌上に

掲載された作品を収めている。

歌集題となった『羅針盤』は、2014年未来賞に応募された連作「羅針盤」から

とられている。



2016年7月号の「月と鏡集」の「選歌をおえて」で選者の佐伯裕子さんが

下記のように記していたのが印象に残っている。そのページを改めて開いて

みた。

 

      --略

     北の海を守る仕事に就いていて、歌には、やや甘いロマンチストの

     面が出ていた。いつも一番早く歌稿が届くのに、今月は来なかった。

     最後に受け取った歌稿の、最後の歌を記しておきたい。

          みな何処へ泳ぐのだろう湖に浮かぶ君から離れて浮かぶ

                                    本川 克幸

     若い人の死に接すると、得体の知れない憤りがこみ上げてくる。

     --略

51歳の若い死を、佐伯さんは悲しみ、憤っている。本当に痛ましいと思う。

遺歌集となってしまったこの集の「あとがきに代えて」を、本川さんの夫人の

和美さんが綴っている。

       言葉とはしずかに置いてゆくものと思えどふいに燃ゆることあり

       最新鋭の巡視船です(大海にうかべばしょせん金属の箱)

       本当は誰かが縋っていたはずの救命浮環を拾い上げたり

       こわれても修理をすればよい船とこわれたままで働く心

       あの頃を取り戻すにはどうすればよいのでしょうね電信柱

       夕焼けがこわいのですか夕焼けを見ていることがこわいのですか

       ねじまげてねじまげられて過ぎてゆく 冷たい水の上の時間が

       朝焼けのあとの静かな海の上をどう飛ぶべきか決められぬ鳥

       坂ひとつ越えたらこんな静かな場所 エレベーターで星を見に

       ゆく

       夕焼けが消えてゆくのを見ておりぬ壊れたアンドロイドのように




鑑賞するにも勇気がいるような、せつない歌ばかりだ。

5・6・7首目など、笹井宏之さんの感性に近いものを感じる。

この世では生き難いような震える心を感じるのだ。

皆さんには是非お手にとられて読んでほしいと思う。


生涯一冊の歌集を遺した本川克幸さん。

謹んで哀悼の意を表します。


                   2017年11月25日   2800円+税

 

 

2017年11月24日 (金)

『三枝昻之』 シリーズ牧水賞の歌人たち 青磁社

表紙の顔写真が実にいい。

穏やかな笑みを湛えており、上手に年齢を重ねた、白髪が美しい。

そういえば、歌集『上弦下弦』のなかに次の1首があることを思い出した。


      髪の毛は染めなくていい ハマ風(かぜ)のデキシーランドがわれに

      ささやく

最初の「三枝昻之アルバム」は愉しい。

1ページ目の40歳の肖像はナイーヴな青年の面差しである。1984年、40歳

なのに、未婚の男性みたいに初々しい。(巻末の自筆年譜で確かめると、

この年の1月に長男が誕生している。)


伊藤一彦氏との対談では、文学館(山梨県立文学館の館長)のことや、

歌の主題のこと、馬場あき子さんとの出会いのことなど多岐に亘って

語っている。

その中で大病をした40代のことが語られていたが、その時、奥様である今野

寿美さんが教職を辞めてしまい、三枝さんのフォローをするという背水の陣を

しいたことだ。「決断力、実行力がすごいんだね。」と、伊藤氏も語っている。

『やさしき志士たちの世界へ』から『それぞれの桜』までで、第12歌集。

代表歌、333首、和嶋勝利選が掲載されている。

その中からわたしの好きな歌を10首選んでみた。

       まみなみの岡井隆へ 赤軍の九人へ 地中海のカミュへ

       消してまた書く一行の詩の言葉こころざしこそ修辞に及かず

       灯の下に来し四歳のやわき掌がわが頭をなでて立ち去りゆけり

       千年の紆余曲折が瘤となるわたしは椨(たぶ)でそのうばたまで

       切れ目なき空の花火を見しことあり昭和二十年七月六日母の

       背中で

       マークシート塗りつぶし塗りつぶす一限目揺れているのはみずで

       あろうか

       還暦や ともかくもまた歩もうかほどほど古き松となるまで

       秋霜童子百年眠るいしぶみや寂しさはまだ摩滅できない

       農鳥はまだ現れず天からのあずかりものはゆっくり動く

       この丘と決めて二人は移り来ぬさねさしさがみと武蔵の境


もっともっと挙げたいのだけど、とりあえず10首に絞った。

最も好きなのは3首目。この歌を読むと胸がキューンとなる。

やわらかい、ちいさな掌。その掌はその時の掌であり、その時はもう2度と

還ってこないのだ。


         2017年11月15日 初版第一刷発行    1800円+税

2017年11月21日 (火)

『酔風船 Q氏のいたずら日記』 千々和久幸 ながらみ書房

「短歌往来」誌に2009年3月号より2018年1月号に亘って連載した、

エッセイ107篇のうち100篇をほぼ原文のまま収めたものである。

(2018年1月号は未刊)


「短歌往来」誌では1ページエッセイとして、前の方に組まれてあり、本が

届いたら、いつも真っ先に読むエッセイだった。このたび1冊になって読み

返していると、下記のように書かれていることに気がついた。

        




        --略

         ついでに老婆心ながら、本誌で「酔風船」を真っ先に読むような

         読者は、この業界における「出世」はまず見込みないことを

         承知されよ。ーー略

かように、身も蓋もない書きようである。率直過ぎるというか、あからさまで

ある。しかし、そこがまた面白いともいえる。

「酔風船」とは、著者の造語らしい。「風船は風まかせ気分まかせの浮遊物。

その風船が酔っ払っているのだから、もはや何をか言わんやである。」(「百回

目の休日」より」

どこから読んでもよく、目次のタイトルを見て、好きなところだけサーフィンして

読むのもいい。「本当の(私)と仮構の(私)の間には境界線が」ない、と言う

著者の考えを述べた章などは、真面目に考察している。

        一般に文芸作品では、作者と作品の語り手と作品上の人物は

        別々の筈だが、この業界では作者=作品上の(私)=ホンモノの

        (私)と読まれてきた。このような捉え方の根には、ホンモノの

        (私)が作品のリアリティを保証するとする事実尊重の歴史が

        あった。ーー略            「どの顔が(私)か」より

 

時々、ギクリとさせられ、身の縮む思いを味わうのも一つの効用であり、

愉しみと化す。たとえば「紙と鉛筆」や「歌集という罪」など、そのまんま私の

つぶやきでもある。「紙と鉛筆さえあれば気軽に歌が作れますよ」なんて、

今後は禁句だね。

著者の千々和久幸氏は詩集『ダイエット的21』などの詩集を3・4冊も出して

いる詩人でもある。それかあらぬかその発想が詩人的 (?) 様相を帯びる

ことがある。たとえば「アンドロメダの抒情ですね」と鑑賞した藪内亮輔の

作品。なるほど、なるほどと唸った。「ああ、バーツ(部分的なフレーズ)が

面白いですね、」。


などと、言いよんしゃー、よ。(笑 ここは、私の博多弁。)

                       

                        2017年11月15日   2000円+税

 

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