書籍・雑誌

2017年10月11日 (水)

歌集『夏の領域』 佐藤モニカ  本阿弥書店

第22回歌壇賞受賞の佐藤モニカの第一歌集。

Ⅲ章によって構成され、Ⅰ章は東京時代の歌、Ⅱ章は沖縄へ移住

したのちの歌、Ⅲ章は妊娠から出産後の育児の歌を収めている。

沖縄に移住したことによって、沖縄の問題がこの歌集では大きな位置を

占めている。と、同時に本歌集では、妻から母親へとうたう素材も広がり、

生きてゆく〈いのち〉への賛歌ともなっている。




       一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり

       海ぶだう口に転がしガラス扉の向かうに沈む夕日見てをり

       いもうとより深夜のメール届きたり二段ベッドの会話のやうに

       夕暮れの商店街にまぎれたし赤きひれ持つ金魚となりて

       バランスがうまくとれない妻といふ字のなかの女(ひと)時々転ぶ

       沖縄の縄といふ字が気になりぬいつもなにかに縛られたれば

       三賢母の一人モ二カの名をもちてわれはいかなる母親になる

       さやさやと風通しよき身体なり産みたるのちのわれうすみどり

       次々と仲間に鞄持たされて途方に暮るる生徒 沖縄

       片栗粉溶きて混ずればなじみゆくやうにはゆかぬものなり基地は

1首目は、歌集題になった歌。

2首目は沖縄での歌であるが、観光で訪れた際のものであろう。

後年、この沖縄に移住することになるのだが、ブラジルにルーツを持つ

佐藤モ二カにとって「沖縄とブラジルは少し似ている気がします。」と、

あとがきに記している。






4首目、5首目は、精神的に定まらないような揺れを感じる。その精神の

軋みが歌の器にうまく収まっている。わたしはこの4首目の歌がことに

好きである。頼りないような、身の置き処のなさを「赤きひれ持つ金魚と

なりて」商店街に紛れたいとは、あやういが文学的にはとても大事なように

思う。そういえば、彼女は小説も書くし、詩では山之口獏賞を受賞している。







8首目は、初めての子どもを産み終えた、安らかさと穏やかさがただよう。

いっときの幸せ感、手放しの至福の時であろう。

9首目、10首目は、沖縄の歌。

沖縄が抱えている問題を、生徒を借りて「次々に仲間に鞄持たされて

途方に暮るる」沖縄なのだととうたう9首目。

10首目の基地の問題も料理の片栗粉という具体を通してうたっている。




1974年生まれの佐藤モ二カ。40代前半の歌集にしては重くれの短歌で

あり、歌と作者と作中主体とが密接に響き合い、共鳴している。

そのことをわたしは嬉しく思っている。そして、また

又吉栄喜氏が書いていた下記の言葉が印象深い。

     ーー略なんと言ったらいいか、現実と精神と表現がつなぎ目が

     全くないかのごとく…日本と沖縄とブラジルにつなぎ目がない

     ように…癒着している。ーー略     又吉栄喜 (栞文より)




                帯文 佐佐木幸綱

                栞  又吉栄喜 ・ 吉川宏志 ・ 俵万智

                                                      2017年9月18日   2600円+税

2017年10月10日 (火)

『友情』 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」 講談社

リビングのテーブルの上に置いてあった本。

表紙のお二人の写真の笑顔がとても素敵で、つい手にしたら、

ぐいぐいと引き込まれ、おしまいまで読んでしまった。

2010年9月、「週間現代」の対談がきっかけで友人になった

平尾誠二(ひらお・せいじ)氏と山中伸弥(やまなか・しんや)氏。

お二人が出会って2年のちに山中氏はノーベル生理学・医学賞を

受賞している。

そして、平尾誠二氏は、2016年10月20日、息を引き取る。享年53歳。

あまりにも若い死であり、その病は伏されていたこともあって、ラグビー界に

衝撃が走る。

癌の治療方針にあたっては、平尾誠二氏は山中伸弥氏に全幅の信頼を

寄せ、山中先生と呼び、全てを委ねていたようである。

         四十代半ばを過ぎてから男同志の友情を育むというのは、

         滅多にないことです。なんの利害関係もなく、一緒にいて

         心から楽しいと感じられる人と巡り会えた僕は幸せでした。

                               ーー山中伸弥





         二人だけの食事、仲間とのゴルフ、家族ぐるみのお付き合いを

         重ねるにつれて、山中先生と主人の結び付きはどんどん

         深まっていきました。

         そして、主人の闘病生活が始まってから、二人の心がどれほど

         強く結び付いているかを、私たち家族はあらためて知ることに

         なったのです。            ーー平尾惠子(誠二氏夫人)









読みながら、涙が零れて泣いてしまう。

誠二氏が抗癌剤の投与を受けた日の夜、病室から見たスーパームーンが

あまりにもきれいだったので、二人(夫人と)で病室を抜け出し、散歩をする。

「けいちゃんがずっと幸せでいられるように」と、願いごとが叶うと言われる

スーパームーンにお願いをする誠二氏。







2019年のラグビーワールドカップ日本大会、

日本代表監督を志半ばで断念することになった誠二氏。

きっと、山中先生は誠二氏の行きたかった試合会場へ亡き誠二氏を

伴うことだろう。






               2017年10月3日 第一刷発行  1300円+税

 

2017年10月 3日 (火)

「未來」 2017.10 №.789

「未來」10月号、落掌。

210ページを捲りながら、あの人この人の作品をチェック。

未来の「後記」は、先ずいちばんに読むのだが、今号は岡井隆さんの

後記になんだかじ〜んとするものを感じた。


      ❖わたしは、いつ何が起きても不思議ではない年齢なので、

        あまり将来の予定など書いても仕方がないのだが、

        (一) 角川振興財団から出す新歌集

        (二) 時評集  

        (三)評論・エッセイ集

        (四)詩集

        わたしは、これらの本を半ば自費出版のようにして出し、

        今までもそうだったように、三百人ぐらいの人に寄贈することに

        なるだろう。ほとんどが、自分のための記念歌集、記念詩集など

        になることを善しとしているのだ。





(一)から(四)まではもっと詳細に書かれていたのだが、長くなるので省略した。

「いつ何が起きても不思議ではない年齢なので…」と自覚していらっしゃる

岡井さんを思うとせつない。来年1月の誕生日で90歳になられるのだ。

その岡井さんが会員の100名近い方々の選歌をまだなさっていることを思う。







そして、来年出す予定の本など、300名ぐらいの方々に寄贈なさると仰る

のだ。そのように今迄もなさって来たのだろう。この岡井さんの姿勢の尊さ。

なんだか泣けてくるような話ではないか。







短歌を作り続けるということ、歌集を出すということ、いろいろなことを思う。

そして、わたし自身の胸に問いかけている。




cat      cat

ところで、大騒ぎしたメガネ騒動は、解決しました。

生涯学習センターにありました。土曜日には手許に届きます。

メガネがないと不自由なのですが、なんとかなりそうです。

忘れ物、落とし物には今後一層注意をしないといけない年齢になった

ようです。

 

2017年9月27日 (水)

『岡井隆考』 江田浩司  北冬舎

564ページの大冊の評論集が出た。

通常の評論集の2冊分はゆうにある。

まだまだ読んでる途中の段階なのだが、この書の書かれている当の

岡井隆氏が「未来」の〈選者感想〉や〈後記〉で記すように、ともかく好著だと

思う。

好著ゆえに生半可な読みで読者を惑わせることはしたくない。

しかし、深く深く読むには時間が足りない。





第一章のⅤ『〈テロリズム〉以後の感想/草の雨』の連作「弟よ」を中心に

を読みながら、岡井隆と弟の関係、そして弟の長男夫婦(1984年大韓航空機

撃墜事件によって死亡)のことなど、今から30年も前のことなどを思い出したり

した。

    二つ違いの弟が、精神的にもたしかに弟であったのは、幼少年期

    までのことで、アドレッセンス以後は、どちらが兄貴かわからなくなって

    しまった。 --略       

                  初期歌集『O(オー)』の「跋にかえて」から引用。



著者、江田浩司の丁寧な引用。そして、その引用の歌や文章を繋ぎながら

深く深く錨を下ろしていく。岡井にとっての弟の存在、岡井の創作にどのよう

な影響を与えたのか、など。




ところで、話は飛ぶが(ここからは、私のメモ)岡井の弟の妻、岡井仁子さんは

陶芸作家。長男夫婦の追悼のための陶器作りに当時、精を出していた。

1990年1月の「岡井仁子陶技展」(大丸6階・アートギャラリーにて開催)では、

岡井隆が短歌を寄せている。(この時の「海ざくろ」の壺と短歌のカラー写真を

机の前に今でも貼っているのだ。)




          「海ざくろ」に寄せて         岡井 隆(歌人)

    大いなる暗きみどりの實(み)を抱きてことばはあらずつひに言葉は

    流れよるあをきざくろは波のまに幾日ありけむ紅(あけ)を胞(はら)みて

    海底に大きざくろの木がありてかなしみの實(み)を放つ夕ぐれ


この『岡井隆考』の巻末の「岡井隆自筆年譜抄」、「岡井隆著作一覧」、

「岡井隆研究史」、「文献索引」、「人名索引」、「初出一覧」と細やかな配慮

がなされており、この一書は岡井隆研究には必読の一冊になっている。

(それにしても、著者の岡井隆に寄せる執心の賜物であろう。加えて、

北冬舎さんの奮闘ぶりに喝采を送りたい。)


ちなみに、自筆年譜から岡井隆の結婚年数を計算すると(笑)

来年は「磁器婚式(陶器婚式)」。

90歳と58歳のご夫妻である。

 

 

                      2017年8月20日初版発行 3500円+税





2017年9月26日 (火)

歌集『含笑』 島崎榮一  短歌研究社

珍しく函入りの歌集で、パラフィン紙がかけられていた。

中の歌集を取り出すと表紙はすっきりした装幀、その表紙も

パラフィン紙に包まれている。そして、何より見返しの紙が紙というより

皮みたいな高価な手触りがする。

こんな贅沢な歌集を手にしたのは久しぶりだ。


タイトルの読み方は「がんせう」(歴史的仮名遣い)。

含み笑いのことかしら。

やはり漢音の「含笑」の方が奥行がありそうな感じなり。

80歳を過ぎた男性歌人の歌は、ことごとく愉しい。

それは、なぜなのか。

たぶん、素の自分をさらけ出すというか、気負いがなくなり、自在に

なるためではないか ?

           正座して机に向かひ精神のみのたけ高くなるにもあらず

      歌やめて楽になるのが一番と言へば笑ひごゑ部屋に広がる

      木蓮の花びらの匙さながらに役に立たないものが哲学

      六月の石榴の花はどこからが実でどこからが花か解らず

           朝起きて血圧測る面倒なことも八十歳(はちじふ)このごろはせず

       楓若葉くぐりて鳥のあそぶさま雨ふる池をへだてて見たり

           ときどきはまなこをあげて悩みなどなき老人の表情をせよ

     八十を過ぎたるわれが石塀に乗つて椿の木の枝おとす

            夜おそく畳の上に正座して日の歌風の歌をしたしむ

      ゆく雲はしづかに早し前庭の金木犀の花も過ぎたり

くすっと笑いたくなるような歌ばかりだ。

こういう現象をも「含笑」というのだろうか。




1首目と9首目に「正座」のことばがある。作者は座り机派なのだろう。

従って「正座」になる。歌を読む時も正座、歌を作る時も正座なのだ。

いかめしい人を想像するが、「精神のみのたけ高くなるにもあらず」と念を

押している。





2首目の「歌やめて楽になるのが一番」と、ここまでぬけぬけと言われたら、

みんな笑うしかないだろう。やめられるのだったらとっくにやめてるよ、

とでも返したくもなる。み〜んな、やめられないんだ。やめたあとの自分が

こわいんだ。(自分が自分でなくなってしまったりして…)




3首目の「役に立たないものが哲学」なんて、公言されたら、哲学の先生が

困るだろうな。哲学の方に進む学生も激減したり…(今でも哲学科って

あるのかしら ? )

7首目は、自励の歌か。

8首目を読むと、まだまだ体力はあるし、5首目の「血圧測る」ことなんて、

そう面倒でもなさそうなのだけど。健康に対して自信がついたとか。

6首目の「鳥のあそぶさま」を見ている作者が案外等身大かもしれない。








昭和61年「鮒」創刊。

30年の歳月を「鮒」と過ごした作者の感慨の籠る歌を最後に紹介したい。

       


      わが「鮒」の三十年は蛍とぶ夏の夕べのごとくみじかし

 

                     平成29年9月7日   3000円+税

 

 

 

2017年9月25日 (月)

歌集『花高野(はなこうや)』 道浦母都子  角川書店

前歌集『はやぶさ』以来の9冊目の歌集。

あとがきによると「久々の政治の季節を含んだ歌集でもある」と記している。

     ひりひりと蒸れる国会正門前ヒールのままでビラ撒きをする

     ジグザグもシュプレヒコールもなきデモに夏の雨降るしずやかに降る

     遠ざかりまた湧き上がる悔しさよデモより帰る濡れたからだに






国会議事堂の南側を東に下る坂を茱萸坂という。毎週金曜日に行われて

いた「反原発デモ」。このデモには歌人の小高賢氏などが毎週通い、話題と

なった。

氏亡きあと、その遺歌集は『秋の茱萸坂』と命名された。

その後、2015年8月には安保法案の国会議事堂前デモが35万人もの動員で

行われたりした。

1首目、国会正門前でのビラ撒き。大阪から駆けつけ、ハイヒールのままの

     ビラ撒き。

2首目、ジグザグもシュプレヒコールもない静かなデモ。

     このような一連を読むと、おのずと道浦の『無援の抒情』の中の歌が

     思い出される。

 

      「今日生きねば明日生きられぬ」という言葉想いて激しきジグザグに

      いる

      催眠ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり

      ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく




時代も変わったし、道浦自身にも変化はあっただろう。

熱い〈政治の季節〉というより、苛立つ心と不全感の尾を曳くようなデモとも

いえよう。「国会議事堂左右対称の形象のなにごともなかりしごとく静もりて

あり」とうたっている。

自らが「シニア左翼」ともうたっている道浦、デモにも女性や高齢者が

多かったともきくが、

「なにごともなかりしごとく」原発も、安保法案も、共謀罪も通過してゆく。


      いっさいのこころ無になれベナレスに人の匂いの濃き風が吹く

      秋彼岸 ひとつ思いを手離すと父母の墓前に告げているなり

      時雨雲 西から東へ移りゆく沈みがちなるわれを残して

      窓の結露拭えば見ゆるキビタキのオリーブ色の春呼ぶすがた

      畳んだり広げてみたり約束は麻の葉模様の風呂敷のよう

      メダカにはメダカの時間ぼたんにはぼたんの時間よろめく五月

      天蓋はダブルベッドに寝そべりて行くあてのなき浮子(ブイ)の

      ごとしも

      戦後という言葉のまとうほの甘さコトバは人を裏切るものを

      こんなときも帰りゆくべき家がありだあれもいないがらんどうのいえ

      落ち着いてと自ら言えど落ち着くべきこころはどこに着地するのか


なんだかさびしい歌ばかり挙げてしまったようだ。

さびし過ぎる。

母が亡くなり、父が亡くなり、たった独りになった道浦には、歌しかない。

歌うことしか自らを慰める術がないのだ。

だから「コトバは人を裏切るものを」などと、思ってほしくない。

しかし、現実は、ことに政治に関わる「コトバ」は裏切られることの方が

多いのだ。

4首目の「キビタキ」の「春呼ぶすがた」。

5首目のひととの「約束」、そのような甘やかな時間がたいせつなのだ。







『花高野(はなこうや)』と名付けられた第9歌集、

そのタイトルの高野を次のように詠んでいる。






     


     ここに来たのは何ゆえなのか理由なんてなく来たかっただけ

 

                   2017年9月9日初版発行  2600円+税

 

 

2017年9月17日 (日)

『ライナスの毛布』 高田ほのか  書肆侃侃房

書肆侃侃房のシリーズのユニヴェール6。

作者は2009年、作歌を始め、2015年未来短歌会入会、加藤治郎に師事。

タイトル『ライナスの毛布』に込められた思いを「あとがき」に記す。

      
      わたしは嬉しい、苦しい、悲しいなどの人間の持つ感情のなかで、

      せつない が一番好きだ。触れたいのに、どうしても触れられない

      背中……少女マンガは、いまなお手放すことが困難な、私に

      とってのライナスの毛布なのだ。

少女漫画誌史上最高発行部数255万部という数字を達成した「りぼん」

(1994年)。小学生の作者にとって「りぼん」は、ライナスの毛布として、

着実に確実に根付いてしまったのだ。

「わたしにとって短歌を詠むことは、少女マンガの主人公の気持ちを編む

作業のように思う」とも記している。



     
     ショーウインドウ越しに毎日目が合ったあの子猫の目あの目はわたし

     理由ならひとつじゃなくてキスのあと舌に残った微かな苦味

     向かい合うアクア・グレイのテーブルはやけに長くてあなたが遠い

     行きつけの森井書店の貼り紙にわたしの首は傾いたまま

     バンダナを解けば夜空にふたりきりあの日確かにあった永遠

     逢える日は一番綺麗になれるよう逆算しながら今日爪を切る

     あの人とまるきり同じシャツを着てわたしの前にゆるりと立つな

     それはもうカーテンでしたひとりずつ風を着替えて消えてゆきます

     母が買った結晶柄の靴下を雪と気づかず今日も履く父

     葉のうえに葉陰は揺れてさわさわと蔦屋書店のカバーを外す



「少女マンガの主人公の気持ち」と断らなくても、ちっとも構わない。

(Ⅰ部には、オマージュ作品も勿論あるが……)

つまり、「作者その人の生を反映している。」Ⅰ部だとしてもいいではないか。

揺れやすい、傷つきやすい少女(?)の心が素直に吐露されていると思う。


2首目、5首目、7首目など、怜悧な心も垣間見られる。

嫌いになった理由は「ひとつじゃなくて」と、判断し「あの日確かにあった

永遠」が雲散霧消することだって、人生にはある。

7首目など、命令形の小気味の良さ。「わたしの前にゆるりと立つな」だって。







その一方、手堅い歌もちらほらとある。

4首目、9首目、10首目など、生活感も窺える。(わたしの好みでもあるが。)

8首目は、笹井宏之の歌を読み込んでいるらしい痕跡を感じたりもしている。







現代短歌にまた一人、若い才能が出立(しゅったつ)した。

                                         解説 「ゴーゴーラウンド」 加藤治郎

                     2017年9月17日    1700円+税

2017年9月14日 (木)

歌集『書架をへだてて』 本間温子 青磁社

「塔」所属の第一歌集。

1999年10月から17年間の作品およそ2000首の中から473首を選び、

ほぼ編年体に収めている。






    戦争を知らない子らに戦争しか知らない子らに初日は差せる

    惑星が並んでいるよと夫が呼ぶ金、火、土星はなれて木星

    越後より届きし手紙二百余通母の歳月われらのさいげつ

    早朝の新幹線に乗りてゆくひと日死んでる母に会うため

    湯湯婆の湯はゆたんぽのかたちしてわれの足元あたためている

    図書館の書庫にいちにち感情を捨てて蔵書の除籍するなり

    三年を施設に暮らす君の家スモークツリーがふわふわ咲いて

    赤じそに赤き花咲き青じそに白き花咲く秋の日のなか

    曼殊沙華畦に遠見ゆページより顔を上げればまた曼殊沙華

    昨夜(きぞ)の訃を二十七戸に配りおり家並みうつる植田にそいて






町の図書館に25年勤め、その時の歌「本を選る父に抱かれしみどり児と

笑みかわしおり書架をへだてて」より、歌集題としている。





6首目の歌など、図書館の仕事「蔵書の除籍」というききなれない言葉が

出てくる。おそらく本を整理して処分するのであろう。

3首目は、義母即ち姑さんのことなのだが、お互いに細やかなやり取りが

あったに違いない。「母の歳月」はおのずと作者家族の歳月であり、培われて

きた交情を想像させられる。


7首目は「スモークツリー」という植物名が作品の中でうまく機能している。

煙の花のように見えるスモークツリーは別名、「煙の木」とも「霞の木」とも

呼ばれている。施設に暮らすため、空家になった家の庭に咲くスモーク

ツリーは、ふわふわと頼りない。



9首目の歌は、ちょうど曼殊沙華の咲く頃なので取り上げた。「ページより

顔を上げれば」の動作の描写が良い。


10首目、村の27戸の家々にお知らせする訃報。下の句の「家並うつる

植田にそいて」に田園風景が浮かんでくる。

歌集全体から受ける印象は、跋文で池本一郎氏が書くように「真実を生きる」

作者の生活が淡々とうたわれている。生活をだいじにして自らの立ち位置が

しっかりしている。


1首目のような社会的視野のある歌にも惹かれた。


装幀がこの歌集の温かさと知性にマッチしていて好感を抱いた。


                    2017年8月26日   2500円+税

 

2017年9月 4日 (月)

「りとむ」 2017年9月号

届いたばかりの「りとむ」を読んでいたら、あらあら不思議。

と、いうか、嬉しい発見 (?) をした。

今野寿美さんの歌の「こぼれてしまふ」の中の1首。

      焼夷弾の降るまへ銀の紙降りきうつくしかりきと語れり 聞けり

                          今野 寿美 「りとむ」9月号より

 

                           



なぜ、この歌に目が止まったのかといえば、8月22日の春日の教室で

永野雪子さんが出した歌がず〜っと気になっていたからだ。





      大空襲受けし福岡の街の空 火の粉の飛んで銀紙降りき

                          永野 雪子 8月22日詠草より


わたし自身が空襲を体験していないので、この歌の「銀紙降りき」が

わからなかったのだ。永野さんに「なんで銀紙が降ってきたの?」と

お訊ねした。でも彼女も「なんででしょうね」と言い「きれいでした」とも

言った。





今野さんの歌に触発されて、ネットで調べてみたら、「銀紙」は「アルミ箔」で

「電波妨害のために米軍が投下」したそうだ。一つ謎が解けた。

銀紙(アルミ箔)が降ったことも空襲体験者しか知らないことだ。







今年の夏はいつになく、わたしは教室の80歳以上の方々の背中を押す

意味で、「あなたがたがうたわないと戦争のことは風化してしまいますよ」と

伝えた。せめて、8月には非戦の歌を、と思う。付焼刃であろうとも、うたわ

ないよりうたった方がいい。体験者が声を挙げなければ……



今朝(9月4日)の朝日新聞の「朝日歌壇」永田和宏選の一首目の歌。

     しんじつを言えばこんなに悲しくて長崎市長の平和宣言

                           (水戸市) 中原千絵子

2017年9月 3日 (日)

歌集『風のおとうと』 松村正直  六花書林

40歳から44歳までの505首を収めた著者の第4歌集。

付箋を貼った歌はことごとく、

妻(君)、子、父、母とごく限られた人間関係をうたった歌が多くなってしまった。

著者にとってもっともだいじな家族、その家族の様相をうたった歌に哀感が

滲む。そういえば帯の文章も「歳月の濃淡のなかで、ゆらめく家族の日常、

言葉から滲み出る哀感。」と、すてきな的を得たことばであった。

    


    隣室に妻は刃物を取り出してざくりざくりと下着を切るも

    朝が来るたびに目覚めて君と会う白い皿にはパンが置かれて

    六十三個今朝は咲きたるあさがおがこの家のなかでいちばん元気

    子のためと言ってわれらがなすことのおおかたは子のためにはならず

    気軽に電話かけてきてよと父に言う掛けてくることなきを知りつつ

    叱りつけてわれの壊ししブロックを拾い集めて子の日曜日

    お母さん、お母さんと言って君は泣くわたしの方に背中を向けて

    つないでて欲しいと言われた右の手をいつ離ししか 覚めて思えり

    喪主である母を支えて立つ兄を見ており風のおとうととして

    母とともに暮らししはわずか二十年、二軒長屋に建て増しをして







1首目は、元気なころの妻であろう。古くなった下着をウエス(?)などに利用

      するために鋏を入れている。それだけなのに作者としては、

      居心地が悪いのだろう。夫と妻の緊張感が伝わってくる。「刃物」

      なんて、物騒な表現をせず「鋏」とすればいいのに。(よけいなこと

      だけどわたしは妻の味方 笑)



2首目は、「妻」でなく「君」の表記になっている。つらつら思うのだが、この

      作者が「妻」を「君」と表記している時は、妻を庇護する対象として

      みているようだ。「君」とうたった時の歌の方が優しさを感じる。

      「妻」という表記の時は単なる夫婦(?) で、〈情(じょう)〉が、

      伝わって来ないような。

            


4首目、そう、おおかたは子のためにはならない。むしろ、わたしなど後年、

     子どもから文句を言われたりした。「ぼくは、●●●音楽教室は

     行きたくなかった」などと。

7首目、8首目は、「曼殊沙華」の章の2首。

     この章は、クライマックスとでもいうべき章で、胸がドキドキして

     せつなく、悲しかった。17粍か20粍か知らないけど、母(妻)の体の

     異変を「おできのようなものだ」と子に教える作者。

     だけど、子どもだって事態の深刻さは受け止めていたことだろう。

9首目は、歌集タイトルになった歌。

      「風のおとうと」は作者自身らしい。この象徴的タイトルはどういう

      意味なのだろう。風にもいろいろあるし、台風はイヤだな。熱風や

      北風もパスしたいし、薫風とか涼風がいい。

10首目、「母とともに暮らししはわずか二十年」って、みんなそんなもの。

     高校を卒業して東京の大学に行ってしまえば、20年にも満たない。

     一緒に長く暮らさないから、労わり合えるということもありそうな……







と、いうことで、作者の歌もすごくいいけど、うたわれた対象の妻(君)を

応援したくなってしまった歌集だった。そういえば、彼女には1度だけ

遠見したことがある。

それはさておき、10首のなかに入れなかった私の好きなとっておきの

1首を紹介しよう。

     

    ねえ阿修羅まだ見ぬひとに伝えてよ今日ここにいた私のことを

                  


                          2017年9月3日  2500円+税

 

 

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