書籍・雑誌

2020年7月 5日 (日)

『花和尚独語』大下一真 冬花社

鎌倉瑞泉寺の住職であり、歌人(「まひる野」編集発行人)の四季折々の

自然や、禅僧の日常が綴られている。

 

「第一章 たしなみ」は、讀賣新聞の夕刊に「たしなみ」として2017(平成29)年

4月25日から2019(平成31)年3月12日まで連載した24編。

「第二章 花和尚独語」は、2016(平成28)年1月号から、2017(平成29)年12月号まで

雑誌「短歌往来」に連載した24編。

 

第一章には、「言葉へのマナー」、「時間に対するマナー」、「点心のマナー」

など、教えられることが多々あった。

 

     (略)坊さんを集める時は、平日の友引の日が選ばれる。地域差はある

      ようだが、基本的には友引は火葬場が休みでお葬式はない、よって、

      末寺住職を本寺に呼んでの会議や勉強会では友引を優先し、二日に

      わたる場合には友引の前日(業界用語では友前(ともまえ)という)

      からということになる。     「時間に対するマナー」より

 

法事などゴールデンウィークは避けるかたが多いのも、理由は親戚縁者の旅行などの

ために遠慮して外すとか。(そういえば、わがやの七七忌も納骨も日曜・祭日を外した。)

 

「花和尚」と名付けてくれたのは「心の花」の故・石川一成さん。

鎌倉の瑞泉寺は「花の寺」とも呼ばれているので、そのまんま相応しい。

そして「第二章 花和尚独語」には、四季折々の瑞泉寺の花々が登場する。

花好きのわたしにはたまらない。

挿し芽、挿し木で、連翹、躑躅、五月、金糸梅、木槿などなど増やしたらしいが、

未央柳も挿し木ができるとは知らなかった。

 

上京する機会があったら瑞泉寺を是非訪ねたい。

この足で歩けるうちに、お参りして、その季節のお花を愛でて……

 

 

                    2020年7月2日発行

                     1700円+税

    

 

 

 

2020年6月24日 (水)

『よその島』井上荒野  中央公論新社

2017年11月20日から2018年8月24日まで「読売新聞」(夕刊)に連載された

単行本化。

紀伊國屋書店に平積みされていたので思わず手に取ってしまった1冊。

帯の惹句が私をいざなう。

 

        長く歳月を共にしても、

        一緒に辿り着けない

        場所がある。

 

碇谷芳郎・蕗子夫婦とその友人の小説家・野呂晴夫は東京から離れた島で

共同生活をはじめる。余生を送るための離島での暮らし。

その3人のもとに家政婦・仙崎みゆかが息子・宙太と共に住み込みとして

同居する。

 

それぞれがそれぞれの過去を持ち〈秘密〉を胸に抱えている。

カルチャー教室の講師になった野呂晴夫の恋愛も挟まれるが、やはり、この長編は

夫の芳郎と妻の蕗子の「魂の交感」にあるようだ。

どちらが是か、非か、ではなく、善悪で判断できない、どうしょうもないような夫婦の

心の軋轢? たましいの交感。

 

ミステリアスな文体と、時に詩情のあることばに、315ページを

一気呵成に読んでしまった。

 

 

     記憶というのは誰の頭の中でだって、若いひとの正常な頭の中ですら、

     つねに更新される宿命を持っているのだ。きっと、十年後、もしも

     私がまだ生きていたとしたら、今日のことをどんなふうに思い出す

     のだろう。

     「私が島へ来たのは……」

 

 

               2020年3月10日 初版発行

                 1700円+税   

 

 

 

 

2020年6月19日 (金)

「連載 時言・茫漠山日誌より」福島泰樹             『短歌往来』 2020年7月号

届いた『短歌往来』の7月号の目次を見て、目がテンになった。

福島泰樹さんの連載の「茫漠山日誌」のタイトルが「彼方への記憶」。

あれぇ、と、不審な思いで読みすすめると、中野修のことが書かれていた。

 

読みながら涙が零れ、字が霞んで読めない。

泣きながら、読み、泣きながら、2度3度と読む。

左上にはまぎれもない中野修のガリで切った「曇天を歌う」の冊子の文字。

 

今日は彼の月命日でもある。

芋焼酎をコップに1杯と『短歌往来』を供え、ことばを掛ける。

福島さん、ありがとう。ホントにありがとう。

ありがとうございました。

「念(おも)えば想われるのだ。」のことばが何よりうれしいです。

 

こうしてPCに綴りながら、またしても、涙。

このところ泣いてばかりいる。

 

 

 

 

 

2020年6月12日 (金)

『空白』江戸雪歌集 砂子屋書房

「この歌集は二〇一五年から二〇一九年の間に作った歌を三分の一くらいに

して編んだ」とあとがきに記す。

令和三十六歌仙の一冊であり、著者の第七歌集にあたる。

 

     薔薇園に日脚するどくさしていて負けたふりする男ゆるさじ

     この眉を蔑するもまた愛するも男だということ夜の紫陽花

     終わるかもしれない世界で息を吐く 放棄、連帯、どれもはかなく

     自分だけがにんげんだという顔するな桐の筒花が土につぶれて

     ぎこちなく真実もとめ日々はありもとめた先はいつも別離だ

     死者はその口をひらいて真夜中にじっと光りを呑みこもうとして

     何事もなかったようにスカートをひるがえしたのだ駱駝のわたし

     ミツマタが枝をひろげているところ汚名はまたも立ち上がりくる

     点滴は部屋のつめたい中空に怒りだろうか吊るされている

     朝ごとに波打つ胸をたしかめて秋は過ぎゆく父の傍ら

     竹林を横にずらせば見えてくる怒りや過去やあふれる水や

     もっと高くもっと怒って飛べたのか死は理不尽の大輪の花

 

抽出しながら思ったのはなんと「怒り」の歌が多いのだろうか、ということ。

著者にはもともと何かに対する「怒り」があったのだが、

父親の〈死〉を通して、著者の見た世界は、悲しみよりも「怒り」が増幅されたような。

そういえば「あとがき」で「怒って行動することが生きていることだとも思い、(略)」

と記し、また下記のようにも記す。

 

     生きていると理不尽なことがたくさんある。すべてが理不尽なことだと

     言ってもいいかもしれない。



このたびの『空白』の主題は「父」。そして著者である娘の父恋の歌が大半を占めている。

父親に寄せる歌が80%だとすると、残りの20%の人称では「男」・「あなた」・「きみ」

そして、僅かに「母」の登場。

「father complex」と言えそうにも父親を愛していたのだろうか。

悲しみよりも、怒りが湧くのは「死ぬことは突然そこから居なくなること、それもまた

理不尽なこと。」(あとがき) とも記している。

「怒り」といえば、まだまだ下記の歌がある。

 

      人体はあえぐ川なり撫でられて死ぬ怒りさえ分からなくなる

      柚子しぼる指さきひりり怒りともちがってただに傷が冷たい

 


いつも全身全霊でコトにあたる著者は、真面目で正直でそれゆえに誤解されたり、

理不尽な目に遭うこともあるのだろう。

上記の2首など、直截的な「怒り」でない分、わたしには胸にストンと入ってくる。

 

余談だが、歌を二行書きに勧めた砂子屋書房主の田村氏の見識が見事。

私見だが、このたびの『空白』の歌が一行書きだったら、たぶん息苦しく感じられる

ような気がしている。二行書きにすることによって緩和されたような……

  (なんだか思いつくまま勝手なことばかり綴り、ごめんなさい。)




          塔21世紀叢書 364篇

           2020年5月24日

            2500円+税

 

 

 

 

     

2020年6月11日 (木)

歌集『傘』 御供平佶  ながらみ書房

平成4年から29年(73歳)までの作品405首を収めた第五歌集。

その25年間には、自身の退職があり、母の死があり、東日本大震災があり、

妻の手術、自身の白内障手術などのあった時期でもある。

 

    船の灯もまたたく星もなき夜の充つる熱気に全身浸る

    海を見に来しと受話器をおく闇に太平洋のしほさゐ響く

    うちあたり砕くる波の音が呼ぶ夜明けの海の声に微睡む

    東経一三八北緯三四御前崎の数字以下省略す

    みんなみの大地に生まれ北へ飛ぶ精霊蜻蛉また戻り来よ

    魚雷「回天」十メートルほどの黒塗りの挺身に小窓座席がひとつ

    日に幾度メールを呉れと言うメール無視した筈が酔余のすさび

    六十七歳のわが認識のいまさらにいのち儚し命は重し

    海に流す汚染の水が果てしなく地球をけがすその原子力

    日をあけず妻のベッドの傍らに何なすことのなきでくのばう

 

巻頭の「御前崎」一連は眼前の光景を写生したものが多く、骨太い。

小題「御前崎」・「身の若からず」・「手花火」・「地球自転」・

「夜明けの海」と続き、50首弱。よほど気に入った地だったか。

1・2・3・4首目はその折の歌。

5首目も御前崎での歌だろうか。結句の「また戻り来よ」に浪漫が滲む。

 

6首目の歌は、歌人の詠み甲斐 ? のありそうな素材。

もう随分むかしのことだが、「未来」の月旦で「回天」にはトイレが

ないという歌を巡って物議を醸したことがあったような。「回天」には内部構造が

生還すべき人間の乗るものとしての設計が施されていない ?

 

7首目、「酔余のすさび」で、メールをしてしまったのか。こういったヤワな歌は

愉しい。ニンゲンを感じさせてくれる。

 

8首目は、関東大震災の時の1首。ほんとうに「いのち儚し命は重し」を、

突き付けられ実感したのだ。

 

10首目、「でくのぼう」は作者自身。そのように認識すればもっともっと妻に対して

やさしくなれる筈である。

 

 

               国民文学叢書 589篇

               2020年5月30日発行

                 2500円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年5月31日 (日)

『豊旗雲』秋山佐和子歌集  砂子屋書房

2013(平成26)年から2014(平成27)年のほぼ1年間の作品458首を

収めている第8歌集。

膵臓癌のステージⅣだった夫君を看取る1年間の記録でもある。

 

   寒きころ何故に咲くかとダアリアを窓に眺めて夫のつぶやく

   病状を説明しすまないといふ 何ゆゑ詫ぶる妻なる我へ

   きつとそんなことはないから私が守るからさあ食べませう 鍋の蓋取る

   泣きたきとき泣くべし医師の息子言ひ月夜の坂を横切りてゆく

   青年の面影をふと夫に見る体重にはかに減りてゆくらし

   彼岸にて待つ人々の名前いふ夫にうなづくベッドのかたへ

   吾が泣けば夫がもつともかなしむと知るゆゑ枕に頭をかへす

   わたくしは負けないきつとわたくしは 夫の希望を信じ支ふる

   泣きたきはわれより夫と知りながら声あげ泣きぬ離れないでと

   印刷機のインクの補充いま夫にならひておかむメモに書きおく

   これからは馴れぬことばかり増えてゆくさういうことなり生くるといふは

   わたつみの豊旗雲に入日さし くちずさむとき胸処(ど)ひらけり

 

こうして書き写しつつ涙がこぼれてしまった。

同じ病いで夫を亡くしたばかりのわたしには読むのがつらい歌集であった。

たった1年の看病で死ななければならなかったのはどんなに口惜しくせつないことで

あったろう。

日々、書き記した4冊の歌の手帖。1年間に458首の作品。

歌人・秋山佐和子の気丈さが眩しい、せつない、かなしい。

 

それに引き換え、わたしは歌うことさえ憚(はばか)った。

何もかも封印してしまいたい思いであった。

「それから」のことなど、考えられず「そのご」の自身の姿が想像できなかった。

あの1年間のわたしは〈今日〉の〈今〉を送ることで精いっぱいだったような……

 

だが、今も、こうして生きている。

そう、うだうだでもいい、生きていこう、と。

 

 

                    2020年5月5日 初版発行

                       3000円+税

 

 

 

 

  

2020年5月27日 (水)

足立尚彦歌集『冬の向日葵』ミューズ・コーポレーション

「八雁」に所属する著者の6冊目の歌集。

10代、20代の頃は小説や俳句を志し、20代、30代では詩や音楽の

世界で頑張っており、その後、表現の舞台は短歌が中心になったと

「あとがき」に記している。

 

   もったいない生き方をしてもったいないおばけにもならず消えてしまえり

   掃除機で蜘蛛を吸ったがそのときの蜘蛛の苦痛に思いいたらず   

   殺されて切り刻まれて串刺しにされて焼かれて百二十円

   五十年使い慣れたるこの辞書のやぶれかぶれの我の老年   

   おひとりさまの老後資金を貯めきれぬままに老後を迎える予定

   もう何もかも歌えないことばかり 歌わないことは心地よい

   葬儀屋からの知らせで妻の十三回忌に気づきおりたり このでくのぼう

   死ぬことはわかっているが死んだ後誰が私をわかるのだろう

   白髪を黒く染めたよごめんなさい嘘つきですか罪びとですか

   「仕方ないじゃないか」とだけ言い残し妻の逝きにし夏がまた逝く

 

飄飄とした歌い口、妻を亡くした男の哀感がただよう。

2首目、「そのときの蜘蛛の苦痛」に思い至らなかった不甲斐なさ。

    その苦痛に改めて思い及ぶのだ。

3首目、四句目まで読むと何事かと胸騒ぐが、結句で安堵。要するにヤキトリなのだ。

6首目、「歌わないことは心地よい」とは、なんとかなしい言葉か。

    「歌えない」から「歌わない」への意思。

7首目、自身を「でくのぼう」と客観する余裕、笑ったあとのさびしさ。

 

 

巻末に収められている小説「冬の向日葵」をいっきに読む。

青春小説みたいな趣き。ぼくの名前は森田銀次、高校合格。

父親は森田タカビコ。会社を辞めて占い師になりたいと言い出す。

その後の顚末は、是非この小説を読んでほしい。

 

父親のタカビコは俳人でもあった。ぼくとオフクロに向かって言う

タカビコの言葉がなんとも味わい深い。

 

     「俳句は直感的なものなんだよ」

     「しょうがないなあ、二人とも。俳句は詩だよ。世界一短い詩だよ」

 

著者の足立尚彦氏は10代の頃、俳句を作っていたらしいので、この小説の作中の

タカビコの台詞も実感が籠っている。

 

 

            2020年5月27日 初版発行

              1800円+税

   

    

   

 

   

2020年5月12日 (火)

歌集『風と雲雀』富田睦子 角川書店

「まひる野」所属の第二歌集。

第一歌集の『さやの響き』(2013年 本阿弥書店刊)は、

「新しい母の歌」と注目されたらしいが、本集も前歌集の地続きの

様相を呈している。

 

   大きなるあけぼの杉のてっぺんが窓より見えて新しき家

   見くびると媚びるは同義カーテンの小花模様を吹く春疾風

   ゆうかぜの家ぬち身ぬちを吹き抜けて帰っておいでわたくしは森

   芽吹きつつ風と雲雀をあそばせてあけぼの杉は朝をよろこぶ

   叱られることは赦されることなのに肩甲骨を黙って洗う子

   わたくしがいつか消えてもその耳朶はわれの渚のおと記憶せよ

   今日なんか楽しかったと子の言えば泣きたいような夕焼けである

   わたくしを脱出できないたましいは公孫樹黄葉をひたすらに恋う

   秋茱萸の実は色づいて熊われは家路をいそぐ灯を点すため

   謎解きに倦みて左永子を読み継げばおんなのうたは見得切るかたち

 

1・3・4首、いずれも健康な、健全な歌。

生きる歓びにあふれた歌で、いささかの〈毒〉も無い。

好きな歌なのだが、わたしとしてはむしろ2首目のような思索?というか、

屈折がほしい。

 

5・7首目は、作者の「一人娘」の歌。

「あとがき」で、「一人娘の八歳から十二歳の期間にあたります」と、あえて

記すようにさまざまなかたちで娘さんのことがうたわれている。わたしは娘を

育てたことがないのでどうともいえないのだが、〈母と娘の関係〉が、やや

オソロシイ。

それは、五島美代子の歌が脳裏をよぎるからかもしれない。

沢山うたわれている娘さんの歌だが、その中で、5首目、7首目は好きだ。

ふたりの距離感がいい。

わたしはたぶん「べたべた」な、母娘の関係に嫉妬?していて、そんな歌は

苦手なようだ。

 

6・8首目の歌、個の思いをストレートにうたっていて好感を持つ。

この2首はいずれも初句が「わたくし」から、うたいはじめており、これが

本来の富田さんの〈素〉の顔だと思うのだが、どうだろうか。

 

そして、10首目の歌は、短歌形式で一篇の評論の量(かさ)がある。

見事な考察である。もう1首、わたしが舌を巻いた歌。

   

    富小路禎子は「こじらせ女子」なるか深夜読みおりふくみ笑いつ

 

「こじらせ女子」とは名言なり。

富田さんの、評論などの文章を注目して拝見しているのだが、彼女の今後の

仕事がたのしみでもある。

したたかに書いてほしい、いや、書けるひとだと確信している。

 

          

          まひるの叢書 370篇

          2020年4月29日 初版発行

            2600円+税

 

 

 

 

 

 

 

   

2020年5月 9日 (土)

歌集『静電気』橋場悦子 本阿弥書店

2015年「朔日」に入会、それ以後の歌295首を収めた

第一歌集。

 

   跳びたくてイルカは跳んだと思つてた遠い夏の日の水族館

   ひとりきりで鰻を食つてうまいのか〈茂吉秀歌〉を父は覗きぬ

   疲れると小銭が増えるお財布が奥底にある通勤かばん

   はつなつの真昼の長き散歩して影の中では影を失ふ

   十月の空はこんなに明るくて目の奥にまで光がとどく

   真顔より気持ち目元を緩ませて接見室の扉を開けぬ

   謝つてくれればそれでいいと言ふそれが一番難しいのです   

   刑事より被疑者の署名の字のうまき供述調書もまれにはありき

   白いところは白い絵の具で塗りつぶすモローの絵には空白がない

   夜ごと夜ごと春の気配の濃くなりて行き交ふひとの影も膨らむ

 

2首目、茂吉の鰻好きに水をさすような父親の言葉。一人で食べても、隠れて

食べても、旨いものは旨いのだ、ねぇ茂吉サン。

 

3首目、「小銭が増えるお財布」、そうなんです。疲れるとレジなどの支払いの

時にじゃらじゃらと小銭を出すのが面倒くさい。それで紙幣でばかり払うと

小銭が増える。(お年寄りの人たちは小銭を出すのをおっくうがるとか ? )

作者は「疲れると」小銭を数えて支払いたくなくなるのだろう。

 

4首目、「影の中では影を失ふ」の把握というか発見。

5首目も「目の奥にまで光が届く」の下の句が詩的。

 

6・7・8首目は、仕事の歌。序文で外塚喬氏が「職場のことを詠ったらよいだろう」

と勧めたらしいが「素直に答えを返してくれなかった」と記している。

著者には著者の思惑があったのだろう。まして、専門的な職場であれば

守秘義務とか、あるいは自身を露わにしたくないとか…

でも、歌を読んでゆくと、仕事の歌は著者しか詠めないようにも思う。

橋場さんには〈仕事の歌〉をもっともっと詠んでほしい。

 

9首目の「モローの絵には空白がない」の歌を確認するために『世界名画の旅』

(朝日文庫 1989年刊)を開く。フランスの象徴主義のギュスターヴ・モロー。

そのモローのどの絵なのか知るために。でも、見当がつかなかった。

そこで知り得たこと。「生涯でモローが愛した唯一の女性は母親だった」こと。

今、わたしはモローの「出現」の絵を、文庫で観ている。

 

9首目と同じく、10首目も発見の歌。

「行き交ふひとの影も膨らむ」の発見が魅力。

 

このたび取り上げなかった歌の中にもキラーっと光彩を放つ歌が

多くあった。

 

 

                序文 外塚 喬

                朔日叢書第108篇

                                          2020年5月12日 発行

                 2600円+税

 

 

 

2020年5月 6日 (水)

柳 宣宏歌集『丈六』 砂子屋書房

2015年から2019年までの作品を収録。「まひる野」編集委員の

第三歌集。

歌集題の『丈六』とは、胡坐を意味し、〈座禅〉のことだろうか。

 

  一歌集に撃ちてし止まむをくり返す斎藤茂吉すらさうだもの

  ユニクロのTシャツうしろまへに着てなにごともなし夕日が沈む

  よくもない頭の中で恨んだりしてゐるうちに木の芽が芽吹く

  妻なしとなりける島田の手を握り言ふことかある妻あるわれに

  蝶々の来たりてヒネモラの花を吸ふ四月十四日は母の逝きし日

  てのひらを軽くひらきて確かむるこの指先に脈打つものを

  子と酌みてきりもあらねば「お先に」と座卓のうへに手をつきて起つ

  死ぬ気ならできると言つたことがある死ぬ気になつたことがないのに

  父さんの頭のやうな岩がありこのふた月の無沙汰を詫びる

  玄関に白き桔梗の活けられて御帰りなさいませと言ひたり

 

 

ちっとも難しい言葉や言い回しがない。平易なことばの中に著者の心情や只今の

在り様が伝わってくる。気取ったりしていないところに好感を持つ。

 

 

1首目、斎藤茂吉の「戦意高揚の歌」、その類の戦争の歌は『小園』などでも

全集増補の時には省かれている。戦争を煽る歌を作ったのは事実であり、過誤で

あった、では済まされないであろう。(にんげんの心はかくも弱い ? )

下の句の「斎藤茂吉すらさうだもの」に、些か同情もしているような感じ。

 

4首目、「妻なしとなりける島田」は、同じ「まひる野」の島田修三氏のこと。

「島田修三夫人告別式」の小見出しの中の一首。

「妻あるわれ」が、何程のことが言えようか、いや、言うことばが無い。

「言ふことかある」の屈折した用言に注目。

 

5首目、一読、「ネモフィラ」の誤植かと思った。「ネモフィラ」は「フィネモラ」

とも呼ばれることを知った。従って「フィ」を「ヒ」と表記している。

そういえば、本集の発行日が亡き母の命日になっている。母を慈しむ思いの丈で。

 

6首目は、長歌の「救急搬送」の反歌。

「(略)救急の 車も朧、検査室、巡りて戻る 病室に 妻が顔見ゆ。力ある

 黒き瞳と 目を合わせ、再びを 眠りに落ちぬ、点滴のまま。(略)」

 

10首目の「御帰りなさいませ」は、妻の声ではなく「白き桔梗」が言った

のだろう ?    桔梗だったら言ってくれそうな気が…

 

 

           まひる野叢書第369篇

          2020年4月14日 初版発行

             3000円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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