書籍・雑誌

2018年5月21日 (月)

「定綱が訊く①馬場あき子」 歌壇 2018年6月号  本阿弥書店

新シリーズの「定綱が訊く ぶっかりインタビュー」の馬場あき子さんの

言葉が実にいい。

とても示唆に富む言葉ばかりで、マーカーを引きながら

読み終えた。聞き手の佐佐木定綱さんもインタビューを心得ている(笑)。



結社の校正や発送について。

           校正も十五、六人でやっているしね。発送もここ(馬場邸)で

           三十人くらいでやっていたの。それで今年から業者に委託

           しました。みんなが「寂しい」と言って、なつかしがる。-略

 


           --だから、「今まで辛かったことがありますか」と聞かれる

           ことがありますが、ない。全部楽しかった。事件が起きても、

           それを解決するのが楽しいのよ。


添削について。

          添削の秘訣は、添削はあまりしなくていい。最小限度の

          添削をして、お手紙を書く。ーー略

          褒めるのが大事。三首あったら、ニ首はダメで×をつけて、

          一首だけ褒める。


良い歌とは。

         だから、現象とか、フィクションでもいいから。具体がある歌が

         大事だと思います。--略


         歌や詩、芸術も文学もすべて、「心から心へ」伝わるためには

         言葉が必要。わからない言葉を使っちゃダメなの。--略


         新聞のタイトルみたいな言葉ばかり組み合わせて言っても

         ダメだしね。


         幼いころから、何を見てきたか、読んできたか、知ってきたか。

         教育的な教養とは違うものですけど。知的なものだけでなく、

         何を見、何を知り、何を身にもって生きて来たかということ。

         それが土台になって、抜くことができない性格が、生きて

         来た道にできちゃってる。--略

 


         人間の質がどんな歌にも出ちゃうのよ。選ぶときも、歌う

         ときも、その質が大事なんじゃないかなあ。






一語一語の言葉の中に、歌詠みたちに寄せる馬場さんの愛情と、

信念が籠っている。


このインタビューの連載、今後もたのしみである。

 

 

2018年5月 8日 (火)

追悼 金子兜太   『俳句』 2018年5月号  

雨の1日だった。

今日は春日へ。早めに出たので図書館で1時間ほど読書。

『俳句』 5月号は金子兜太氏の追悼特集だった。


先だって久留米の教室で M さんが「荒凡夫の句」という歌を

出していたので、へぇ、ファンがいたのだと嬉しくなっていたところだった。




梯久美子さんの追悼エッセイを真っ先に読む。

梯さんらしい兜太氏への接触に快哉。

やはり、モノカキの人だと思った。





安西篤さん、宇多喜代子さん、佐佐木幸綱さんの追悼座談会も

良かった。佐佐木さんの若かりし頃の酒豪ぶり(笑)を想像させられた。


ところで、この号にはわたしの大好きな池田澄子さんの

特別作品50句が掲載されていた。

その中より 3 句紹介。


         石段に水溜りあり山法師

         仔猫かな甘嚙みだってもう出来る

         雨雲や変わりようなく君は蛇

                 「掬えば揺れる」 池田 澄子


cat     cat

山法師の花、エゴの花、ベニバナトチノキの花。

木の花がことのほか目をひく季節。

 

この雨のせいかしら、わがやの朝顔の芽が次々に出てきている。

ミニトマトもずいぶん丈が伸びた。

2018年5月 4日 (金)

1983年5月4日以降  『現代詩手帖』 1983年11月臨時増刊

      昭和十年十二月十日

      ぼくは不完全な死体として生まれ

      何十年かかゝって

      完全な死体となるのである

      ‥‥                寺山修司

1983年5月4日に亡くなった寺山修司を追悼する臨時増刊。

35年前の『現代詩手帖』を繙く。

「(寺山修司)周辺アルバム」は、寺山修司が15年越しに住んでいた

松風壮の写真なども掲載されている。



作家、詩人、評論家など多くの人が対談や執筆をしているのだが、

歌人では福島泰樹さん、岡井隆さん、佐佐木幸綱さん、篠弘さん、

馬場あき子さんの名前がある。

その中で佐佐木幸綱さんの文章の締め括りの言葉に注目した。


      ‥‥略 つまり、大きな「本当」をうたおうとした点で

      寺山修司はきわめて伝統的な歌人であったわけだが、

      誰もそうは言わない。ここに歌人寺山修司の後世での

      残り方の問題があるのである。

              「歌人寺山修司は残るか」  佐佐木幸綱




この文章に目が止まったのも、寺山修司の歌はフィクション即ち虚構ばかり

だと思われがちだが、あながちそうもいえないようだ。

晩年(と、言っても45歳の時)に出版した『月蝕機関説』に、掲載されていた

以下の短歌はどうだろうか。


       父親になれざりしかな遠沖を泳ぐ老犬しばらく見つむ

                      寺山修司『月蝕機関説』


この歌については、東陽一氏が「寺山修司氏の親和力」として触れている。

「‥‥しかしぼくはぼくの理由で、これが寺山の遺した『私』についての最期

のことばだと思わないわけにはいかないからである。」


それにしても『現代詩手帖』は、1992年5月号でも特集として「寺山修司

のポエムワーク」を組んでいるし、1993年4月臨時増刊は「寺山修司」だった。

今年は没後35年。


       私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。

       だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私の

       ことばであれば、充分。

                       「墓場まで何マイル ? 」  寺山修司

2018年4月22日 (日)

志垣澄幸歌集『黄金の蕨』 青磁社

     「ーー略ーー私たちの世代にとって、学童期に見た戦争は

     消えることがない。いつまで経っても、今そこにある現実と

     重なってよみがえってくるからである。ーー略」 あとがき、より。

志垣澄幸の第13歌集は戦争に関わる歌が多く混じっている。

前歌集『日月集』もそうであったが、本歌集の方が戦争に対する

拒否感がより強く前面に出ている。

昭和9年生まれの氏にとって、戦中・戦後はまさに学童期であった。

それだけに、その頃の記憶、そして、刻みこまれた戦争に対する恐怖は

はかりしれない。



      国のため老いは死んでといふ川柳お国のために征きし人おもふ

      戦争がそこまで来てゐるやうな夜 花の祭をみて帰りきぬ

      月のひかり身にしみとほる夜の道に死といふ難事思ひてゐたり

      撃沈されし日本の空母には触れず新聞は敵艦の大破をつたふ

      志願したのではなく志願させられて若きらあまた空に消えたり

      また会はむと別れきしかど会へる日のなきこと友もわれも知りゐつ

      戦争があれば徴(と)らるる若きらがリム光らせて朝の道とほる

      話題にものぼらなくなりし十二月八日若き人と居酒屋に飲む

      もう空のどこにも敵機のかげみえぬかかるさきはひをいかに伝へむ

      「故」をわれの名前につけて書いてみる書かれむ日々の先取りを

      して



①首目は、川柳の「老人は死んでください国のため」の現代社会を憂い

 ながら、戦争に征った人たちはきっと「お国のため」だったのだと、思いを

 馳せる。

②首目は、渡辺白泉の「戦争が廊下に奥に立つてゐた」を彷彿させる

 ような歌で、「花の祭」という日常の暮らしの中にそくそくと迫ってくる

 ような戦争の影を幻視している。

④首目では、報道に対する疑心がうたわれている。

 国民に知らせなくてはいけないことに蓋をして、あたかも勝ちすすんで

 いるかの如く報道する新聞。

⑤首目の「志願させられた若きら」への思い。

 そのような教育を受けて育った「若きら」であろう。

⑦首目の歌は、何気ない日常の若者たちの通学風景 ?   を、うたいながら

  一層、いまのこの平和が続いてほしい思いが込められている。

⑧首目、十二月八日と言ってもピンとこない子どもたちだ。

 むしろ、「レノン忌」と言う若者たちの方が多いかもしれない。

⑨首目、「かかるさきはひをいかに伝へむ」はせつない。

 たぶん、伝えたいひとたちの多くはもうこの世にいない ?

 


戦争体験者も年々老いてゆく。

そして、戦争体験者の歌も読むことが難しくなるだろう。

まして、「戦争を体験した人の歌集出版」は、なくなるかもしれない。

                          2018年4月1日

                          2500円+税

2018年4月14日 (土)

「おお雲雀よ」 坂元 元子(故人) 合同歌集 「陽だまり」より

10日のブログで、坂元 元子さんの追悼合同歌集のことを

お伝えしました。

降る雨を眺めながら、ああ、やっぱり坂元さんの歌を皆さまがたに読んで

いただきたくなりました。

明るくて、チャーミングで、誰からも愛された坂元元子さん。

その歌は、坂元さんの〈素〉の姿が、そのまま表現されています。



       おお雲雀よ          坂元 元子(故人)

   アンスリウムの赤い花穂はそれぞれにあっちにいきたいこっちにいきたい

   ことあらば阿吽の呼吸四っ人で竹屋の鰻がいいんじゃないか

   「百年の孤独」を抱え蚊口浜に小粒の牡蠣はこりこり美味しい

   おお雲雀よ朝日をあびて見てこんば椿の里は今が花季(はなどき)

   喉仏を上下に動かしぐいぐいとビールを呑むは私の息子

   妹よ同心円より飛び出して野辺の花でも描こうじゃないか

   父母の花冠の初子と生れ来て三日で逝きし姉の名「菊子」

   わたくしも逆さに読めば十八歳ちょっと気取ってミモザを貰う

   夜中には浄土旅行を考えてちょっと可笑しい朝日を見れば

2018年4月10日 (火)

合同歌集『陽だまり』 短歌サークル陽だまり

春日市ふれあい文化センターの短歌教室がこの4月から自主サークルに

なった。今迄の作品をかたちに残したいとの希望と、いま一つは

短歌教室のお仲間であった坂元元子さんがお亡くなりになられ、その

追悼の意味も込めて急遽、合同歌集を編むことになった。

これらすべてお仲間である皆さんの力の結晶ともいえる。

パソコン入力、校正、装幀、カットの絵など、おもに男性陣が労をとって

くださった。

本日、その合同歌集が出来上がり、感無量の思いをしている。

表紙の「陽だまり」の文字は、Y さんの奥様が書いてくださった。

そして、何より嬉しいのは「坂元さんを偲んで」というページを作って

くださったことである。各自、挽歌を1首ずつ詠んでいる。

すてきな合同歌集になり、わたしは皆さんにただただ感謝している。

「ありがとう。」、ほんとうに「ありがとうございました。」

そのなかのわたくしの文章を転載したい。


             今日しなければ        恒成美代子

      日々の過ぎゆく速さを痛感しています。明日があるからと

    若い時分には高を括っていました。しかし、このところの身廻りの

    方々の死を思う時、こうしてはおれないという気持が湧いて来ます。

      春日教室の坂元元子さんは明るいとても朗らかなかたでした。

    短歌が大好きで、人一倍熱心でした。彼女の新しい歌をもう読む

    ことが出来ないと知った一月三日のお通夜の帰り道。悲しみながら

    〈いのち〉について考えました。今日できることは、今日しなければと

    痛切に思います。

2018年4月 9日 (月)

歌集『いらっしゃい』 山川 藍   角川書店

1980年生まれの著者の第一歌集。「まひる野」に所属。

   いらっしやいませが言えずに泣いたことあるから人にやさしくしたい



歌集題にもなった一首。

山川さんの歌を読んでいると、心がやわらかくなる。

心も、体も、ほぐれてくるようなあたたかさだ。

この世で生きることや、生きている時間、経験などが、そのまま素朴に

うたわれている。この世で生きていること、山川さんの生存生活が直に

伝わってくる一集である。

   

   いつ飲んだ薬のせいかわからんが寝たい眠たい猫さわりたい

   涙腺の元栓さがす空港で出世したくてたまらなかった

   目を閉じてしまいあぶない階段でむずかしいこと言わんといてよ

   障害者用トイレから父に電話する電話しょうかと言われ断る

   可愛いかどうかは会ってから決める  知らない人の知らない子ども

   両耳をふさいで会いにゆく祖母はわたしの海馬に移住しました

   母の声刺さらぬように身を低くしつつご飯がそれでもうまい

   過呼吸のわたしを逃がしてくれた人も四月で派遣契約解除

   叫び声が台所からする兄だゴキブリ見たな 働きなさい

   友達はわかってくれる上司には伝わらないね日本語なのに


山川さんのいちばんの理解者の父親がいて、

けっこう口うるさい母親がいて、

無職の兄がいて、(だけど、大好きな兄ちゃん?)で、

猫大好きで、

祖母は死んでしまって ?    ‥‥‥


わちゃわちゃと生活の匂いのする一集である。

その生活の匂いは、よき時代のバランスのとれた家族の肖像のように

さえ思えてくる。



過酷な労働にもめげず、笑い飛ばす茶目っ気が備わっているのは、

愛情に包まれて育った所以であろうか。


身体的にはホントは逞しくはないのだろうけど、精神の健やかさを感じる。

「ご飯がそれでもうまい」と、言えるのはいいことなのだ。

「生活即短歌」、山川さんの歌には人生が詰まっている。


                帯文  津村記久子

                栞   あたたかさは隠せない  米川千嘉子

                     噺家の背後に       斉藤 斎藤


                        2018年3月27日 初版発行

                        定価 2300円+税

 

 

   





    

2018年3月30日 (金)

『九州の歌人たち』 現代短歌社

企画編集 阿木津英・黒瀬珂瀾・五所美子・恒成美代子・馬場昭徳




収載歌人は、原則として2000年までに没した九州在住の歌人を対象。   

     淺利良道・徳田白楊・金石淳彦・山口好・山本詞・岩本宗二郎・

  三苫守西・京子 西田嵐翠・中島哀浪・二宮冬鳥・持田勝穂・中村三郎・

  菊池剣・島田尺草・津田治子・伊藤保・宗不旱・黒木傳松・安永信一郎・

  桃原邑子・小野葉桜・森園天涙・東郷久義・浜田到。

  




     他に、「歌人群像」として、

                  炭鉱の歌人たち 

                  八幡製鉄所と門司鉄道局

                  檜の影短歌会

  

    

     インタビューとして、

                  亀ノ井別荘隠居 中谷健太郎

                  菊池恵楓園    畑野むめ

                  森園 俊

冒頭の企画編集の5名がそれぞれ担当して執筆。

本アンソロジーは、『現代短歌』2013年9月創刊号より2015年12月号まで、

28回にわたって掲載された「九州の歌人たち」を初出とし、単行本化に

あたって加筆訂正を加えたものである。


歌集原本の旧字などをそのまま採用しており、資料としても役立つと思い

ますので、どうぞ、ご購入をお願い申し上げます。(執筆者の一人としての

お願いです。申し込みは「現代短歌社」へ。)


                            あとがき   「九州の歌人たち」企画編集委員一同

                 発行日   2018年3月10日

                 定価    2500円+税

 

 

2018年3月26日 (月)

歌集『首長竜のゆふやけ』 藪内眞由美  北羊館

「夕焼けを見ていると、引きこもりがちな自分が粒子になって茜色の空の

なかに溶けてゆき、こんな私が存在することもゆるされるような気がして、

とても安らかな気持ちになります。」とあとがきに記す第一歌集。

「海市」短歌会に所属。


   ただ立つているだけなのになつかしい百葉箱はあなたでせうか

   落ちてくる雨があまりに疾いからわたしはわたしを流せずにゐる

   小刻みに動く男ののどぼとけ分かりあへないもののひとつに

   わが膝を指定席のごと座りゐる子とふたりなり春の日の午後

   雲ひとつない青空といふこゑがきこえて雲はかなしくなつた

   息継ぎの下手なわたしはよく沈む結婚、出産節目ふしめに

   教科書の子規の頭に毛を描きて窓のむかうの雲を見てゐつ

   さみしいと言へばいいのに怒らずにさみしいんだとたつたひとこと

   なぜだらう やさしい人からゐなくなり昼の空にはかさぶたの月

   かあさんが私の頭を踏んでゐる 娘のこゑが理解できない




2003年から2017年までに作った歌ということで、満を持しての出版だろうか。

一人の女性の日々が詩情豊かにうたわれている。

ことに6首目などに、この世に産まれることなく亡くなったいのちに対する

自らへの責めのようなものが尾を曳いている。


8首目の歌は、相手を特定はしていないが、心にひびいてくる。これは

自分自身の呟きともとれそうだ。

子育ての日々は終わりがあるようでない。


10首目の歌に母子の気持ちの齟齬がうたわれている。娘の心は自立した

がっている。だけど、母親である作者にはまだ幼い日のままの娘なのだ

ろう。



丁寧に丁寧に自分の心を凝視めていることの窺える一集だった。

傷つきやすく、もろく、はかないような、作者の心の内面。

清冽な空気を纏った第一歌集であった。


                                     帯文 江畑 實

                 跋 「才媛素描」 中川 昭

                 2018年2月25日発行   定価 2700円(税込み)

 

2017年12月21日 (木)

「平成夫婦善哉」 河野丈洋・角田光代   週刊朝日  12・29

「週刊朝日」の12月29日号は猫の表紙なり。

その猫につられて買った週刊誌。(ホントは「平成夫婦善哉」が読みたかった。)





ともあれ、今号はスゴイことになっている。

丸ごと一冊ネコ特集 cat

特別付録が「岩合光昭の子猫カレンダー」だし。

「ネコ ! ネコ ‼  ネコ!!!」 のページ、「猫語を話そう」・「愛猫との死別」

「お犬さま、お猫さま10の質問」と猫満載となっている。

そして、絵巻や浮世絵、名画に描かれたネコたち。

竹久夢二の黒猫、丸山応挙の「菜花遊猫図」など。

猫好きな人たちへのクリスマスプレゼントみたいだ。






ところで、肝心の角田さんご夫婦の対談。

その前にお二人の写真には、やっぱり、丈洋氏に抱かれた愛猫「トト」はんが。

飲み友達だった2人が結婚したのは2009年とか。

女の子にふられた丈洋氏と離婚したばかりの角田さん、傷ついた2人が身を

寄せ合った、わけだ。

「人と別れることは耐えがたくつらいことだと思うけど、頑張ってください」と

告げた丈洋氏。

すてきなお二人だ。

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