書籍・雑誌

2020年9月14日 (月)

歌集『「濱」だ』浜田康敬 角川書店

昭和36年「成人通知」で第7回「角川短歌賞」を受賞した浜田康敬の第6歌集。

 

鮮烈なデビュー作品「成人通知」の世界ははからずも萩原慎一郎の『滑走路』とも

重なる部分があると思うのはわたしだけだろうか。人間の個の内面を凝視め、ピュアな

言葉でうたいあげた作品は、朴訥で、まさに<神話>であった。

 

   語呂短かきゆえに冷たきひびきもつ残業指令に黙しうなずく

   明日の朝は厳しく冷えるうわさして残業休憩の十五分終わる

   残業は日々続きいてポケットに少女の名前の活字秘めつつ

 

過酷な労働に耐えながら、歌の翼は飛翔していた。

 

    元旦に母が犯されたる証し義姉は十月十日の生れ

    豚の交尾終わるまで見て戻り来し我に成人通知来ている

 

さてさて、前置きはこのくらいにして、第六歌集『「濱」だ』なのだが、

歌集題からして奇想天外。帯の惹句がこれまた人を食う ? が如し。

「俺が浜田だ。快刀乱麻の男節 ! 」とは、とは……。

 

    「身の丈の作品なり」と評されてわが歌きょうも身の丈詠う

    死ぬことにさして怖さは感じぬとこの頃思うが死にたくはなし

    息子には会わずもよいがその児たち即ちわれの孫に会いたし

    陳腐なる言いようなれどアメリカの空は「抜けるような青空」であった

    アメリカでゴルフをしたが広すぎて日本のように遠くへは飛ばぬ

    わが家にはトイレに木刀置いてある誰が置いたか何の為かや

    通常は「浜」という字を使うなり然れども戸籍の本字は「濱」だ

    この道を真直ぐに行くとわが家ありそれ故この道真直ぐに行く

    姉がいて兄いて、も一人の姉もいて我は四番目、弟もいる

    母死んで父死んでそして姉が死にその後わが家に死者なし 慶賀

    

 

今年82歳になられる浜田さんの自由自在な歌にすこし酔う(笑)、ともかく慶賀。

浜田さんの生まれは釧路。釧路に生まれて、宮崎に住んでいる。

 

    そういえば釧路はいつも雪の日で今度はいつか夏にこそ行こう

 

 

        2020年8月25日 初版発行

          2600円+税

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月10日 (木)

読み残したる部分にはよみ終へし頁を照らす月光がある     岡井隆

本日のブログのタイトルの歌は、岡井隆歌集『ネフスキイ』の中の1首。

この歌集の中でいちばん好きな歌と語っていたのは小澤實氏だった。

 

当ブログの9月6日でも紹介した『現代詩手帖』の2010年6月号。その特集の

「短詩型新時代ーー詩はどこに向かうのか」での対談のゲストは岡井隆さんであった。

副題が「岡井隆とゼロ年代の詩歌」で、松浦寿輝・小澤實・穂村弘各氏の鼎談だった。

 

この鼎談を読むことによって前回のブログに記した謎が解けていったことを

お知らせしたいと思う。

岡井さんと谷川雁の関係というか、岡井さんが谷川雁に対してどのように考え、思って

いたかということ。

「リュウ(岡井さんのこと)よ、これを読め」と言い「谷川雁も石原吉郎もみんな塚本さんに

教えられた」と、岡井さんが語っていることだ。

塚本邦雄はつよい指導性があったとも語っている。

 

   岡井  谷川雁の言葉については、今度の作品にも書いたんだけど、「「瞬間の王」は

       死んでよかった」というのがぼくの結論。谷川の晩年の詩をみんな評価しませんね。

       ぼくなんかは信濃に行ってからの詩や評論、児童教育のことにしても、いい仕事だと

       思う。 (略)

 

   岡井  谷川雁に関しても、若いころの作品、ようするに「自分のなかの瞬間の王」によって

       書かれたものもすばらしいかもしれませんが、じゃあ最晩年に信濃に行って「十代の会」

       をやって、それがまったくゼロだったのかと言えばとてもそうは思えない。あれだけの

       優れた詩人だからね、児童教育のエッセイにしたって、信濃に行ってからの信濃

       毎日新聞の連載詩だって読むべきものがあるはずです。みんなちゃんと読んでいない

       んじゃないですか。 (略)

 

岡井さんの300行の長篇詩のなかで谷川雁の死を「死んでくれてよかった」と書かれていたので

ショックだったが、この鼎談でのゲストとしての発言では「ただそれも自分が長生きしたから

やっとわかったことで、」とも語っている。

(岡井さんの長篇詩「食卓で洟(はな)を嚔(ひ)りながら書いた詩」のことについては、

 2020年9月6日の当ブログをお読みいただければ幸甚です。)

 

長生きをしてようやくわかるということもあるのだと思った。

やっぱり、岡井さんは正直なひとだと思う。「自分が長生きしたからやっとわかった」とは、

なかなか言えない言葉ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

      

 

2020年9月 6日 (日)

目覚めるといつも私が居て遺憾  池田澄子

『現代詩手帖』2010年6月号の孫引きで申し訳ないが、本日のタイトルは

池田澄子さんの『たましいの話』(角川書店 2005年7月刊)に収められている

俳句である。

 

この6月号では「短詩型新時代ーー詩はどこに向かうか」が特集されている。

その中でアンソロジーとして「ゼロ年代の短歌100選」(黒瀬珂瀾編)と

「ゼロ年代の俳句100選」(高柳克弘編)があり、このブログのタイトルは高柳さんの

選んだ俳句の中の1句である。

 

この句になぜ目が止まったかといえば、大好きな池田澄子さんの句であるし、勿論この

句のインパクトそのものに惹かれたためともいえる。加えて、この特集の中の座談会

(城戸朱理・黒瀬珂瀾・高柳克弘)で、黒瀬さんの発言に「おっ‼」となったこととも重なる。

 

       黒瀬  びっくりしたのは、池田澄子さんの「目覚めるといつも私が居て遺憾」

           ですね。これはいまの若手、斉藤斎藤さんなどと共通する感覚だと思い

           ます。こんな句を読むと、たしかに最近は短歌が俳句化して、俳句が

           短歌化しているなという気がしますね。

 

ああ、そうか、いまの若手は「短歌の俳句化」なのかと思った次第。

 

ところで、この号の目玉? というべきか、ホントはこの話題に先に触れたかったのだが、

岡井隆さんが長篇詩「食卓で洟(はな)を嚔(ひ)りながら書いた詩」が掲載されている。

 

200行を越す詩のなかで『草枕』・『坊ちやん』が出て、『ひとりの午後に』(上野千鶴子)、

『コルカタ』(小池昌代)、『旅人かへらず』(西脇順三郎)、そして『ヘーゲル入門』、

『鮎川信夫全詩集』と、縦横無尽に書名や人名が出てくる。北川透の名前もあった。

その作家や詩人たちは岡井さんが親炙しているかたたちと思われフルネームで記されている。

 

その中でただ一人フルネームでなく、ファーストネームで記されているのが<谷川雁>である。

それもこの長篇詩の「十五」の章で、以下のようにしたためている。

 

        十五

      「瞬間の王は死んだ。」(雁)

      死んでくれてよかった

      死からだらだらつとした信濃の日常詠が生まれて/

             「北がなければ日本は三角」に

      見えて来た

      宮沢賢治が語られ十代に向かふことができた

 

 

「北がなければ日本は三角」は、谷川雁の書である。

谷川雁は晩年、十代の若者たちを集めて宮沢賢治の本を読む会を行っていた。

(福岡市早良市民センターにて) その会に私も1度お邪魔したことがあるが、

真摯な、とてもいい会だった記憶がある。童心に還られたような谷川さんだった。

 

岡井さんがこの詩を書いたのは82歳の時であり、谷川雁に対してどのような

思いだったのだろうか。

私にはわからない。

 

 

 

 

   

      

 

 

 

 

 

2020年9月 5日 (土)

『さよならさんかく』秦夕美句集 ふらんす堂

いつもながらの秦夕美さんの美意識というかセンスの冴えた装幀に成る句集。

「いつも私の遊びを美しい形にしてくれる、ふらんす堂さん、……」とも記している。

 

     本の形は柩に似せて横長。

     目次は四季でも年代順でもつまらないから、

     「あさ」「ひる」「ゆふ」「よは」と一日の時間軸にする。

                               「あとがき」より

 

 

     魂はかるくてぢやうぶ玉簾         「あさ」

     朝顔やはたまた後世といふ時空       「〃」

     ながらへど何故に聞こえぬ虹の音      「ひる」

     もう比べないでと墓の赤とんぼ       「〃」

     天涯や八月の雲あそばせて         「ゆふ」

     お迎へがきたか微風のさるすべり      「〃」

     来るのかい夏の大三角つれて        「〃」

     青葉木莵ほろりと夢のこぼれけり      「よは」

     いたはられいたぶられをり夏の月      「〃」

     おいで雲おいであなたも月の塔       「〃」

 

10句選んだが、どれもどれも好きな句である。

7句目の「来るのかい夏の大三角つれて」は、当ブログで以前も紹介した句。

1句目の「玉簾」の句にちなんで散歩の時に写したタマスダレの写真を、

    『さよならさんかく』のお祝いに掲げたい。

 

     秦さん、「またきてしかく」があってもいいと思うわ。  miyoko

 

     Photo_20200905091401

        魂はかるくてぢやうぶ玉簾      夕美

 

 

            2020年9月1日 初版発行

               2200円+税

            

 

 

 

 

 

     

                       

2020年9月 1日 (火)

『現代詩手帖』【特集】辻仁成  1995年11月号

蔵書の整理をしていたら『現代詩手帖』の【特集】辻仁成  1995年11月号が

出てきた。荒川洋治氏と辻さんが対談をしている。

今から25年も前のことだし、荒川さんも辻さんも随分若い。辻さんが爽やか青年の

風貌で詩を語っている。

 

      (辻) 僕が書いている理由はただひとつですよ。好きだから。

           詩を書くのが好きだから書いているんです。

 

(同号の広告のページには『岡井隆コレクション 全8巻』があり、左のページには

辻さんの『応答願イマス』の詩集の広告が。)

 

ところで、同号で気付いたのだけど、先日観た映画「糸」の監督の瀬々敬久氏の文章が

あり、驚いた。それも、辻仁成氏のことについて書かれている。

その中でのエピソードが実にいい。

その文章の締めにもなっているのだが、素晴らしい。

 

       『天使のわけまえ』と題された辻の処女映画のクランクアップ前日だったが、

       彼が腫れぼったい目をして現場に現れた。前日の夜遅くかつてのバンドメンバーの

       一人が瀕死の重症で担ぎ込まれ、辻は寝ずに一夜を過ごして来たのだった。その後の

       彼は現場で妙にテンションが高かった。確かその事件の後だったか、あることで

       激昂した彼が「人間はいつか死ぬんだ」と声高に叫んだことを覚えている。その

       叫びの後には「だからこそ……」という言外の言葉が確かに響き渡っていた。

 

 

 

2020年8月27日 (木)

『竜骨(キール)もて』 永田淳歌集 砂子屋書房

令和三十六歌仙 5

2007年から2014年までの作品499首を収めた著者の第三歌集。

 

    河骨や月を包みいし雲はいま深泥池を西に過ぎれる

    街灯のなき路地裏を良夜なり土塀に影をうつしゆく猫

    刈り込まれ立方体に咲く連翹その黄のほとりを春の水ゆく

    夏至の日の瓢箪崩山(ひょうたんくずれやま)静かなり積乱雲の大きなる影

    霧の濃き碓氷峠の車道わき標高千mの標識のたつ

    夜の更けをあかく膨れて右の肩傾がせておりベテルギウスは

    わがことのようにもやがて思おえて毛先のかたき歯ブラシを選る

    そうやっていつまでも浮いてるがいい バウを南へ奔りはじめつ

                          バウ(bow)=舳先

    戻りたるゲラの年譜に一行の享年の日を入れねばならぬ

    ミゾソバの花扱きつつ才能を羨むのはもうやめようよ

 

歌集前半の写生の歌に「おおっ」となった。

あとがきによると「しばらくは叙景歌しか作らないなどと公言していた」らしい。

淳さんと叙景歌、とは想像もしていなかった。

しかし、あげた歌の①から⑥まで全て叙景歌になってしまったのも著者の作戦通りか ?

その叙景歌が実に良い。たとえば本誌34ページから35ページにかけての5首はすべて

とりあげたいくらいだった。その中から猫好きのわたしとしては2首目を選んだ。

 

あげた9首目の連作は小高賢氏のことを詠んでいる。

『シリーズ牧水賞の歌人たち 小高賢』の最終校が届いたのは小高氏の死の前日だったこと。

そのゲラの年譜に一行の享年の日を入れねばならなかったことの口惜しさが伝わってくる。

 

8首目の「バウ」は、舳先と註がある。

歌集題になった「竜骨(キール)」も船の用語か?

 

           極北を目指す逸りの竜骨(キール)もて70mph(マイル)に水をわけゆく

 

なんだか志が込められたような歌集題である。

堅実な、すぐれた技量の一集ではないだろうか。

 

 

            塔21世紀叢書第371篇

            2020年7月1日初版発行

              3000円+税

 

 

 

    

 

2020年8月26日 (水)

歌集『ひどいどしゃぶり』谷岡亜紀 ながらみ書房

前歌集『風のファド』に続く第五歌集。「心の花」所属。

 

    長い旅をしていた 春の夢醒めて昨日と違う朝を始める

    許されるように目覚めて余命約二十年なるわれか 水汲む

    屋上のオープンカフェに月待てり春のスープに匙を沈めて

    苦しみと感謝が多分まだ足りない 酔い覚め今朝も「ひどいどしゃぶり」

    噴水が凍っていたな あなたにもおれにも等しく時は過ぎゆく

    これからは晩年と決めトラ猫よ流れる雲を見上げているのか

    いま持てる幸福の数かぞえつつ光の国から来る人を待つ

    記憶のみ歳とらざるを悲しみていま蝋燭に火を点したり

    わたくしは一管の笛 絶食を七日続けた朝に思いぬ

    心とは光の渚 その人が振り向くときにふと翳りたる

 

歌を選びながら思ったこと、上手に年齢を重ねて来たことをしみじみと味わっている。

谷岡さんもすでに還暦を迎えたのか。

 

1首目、「長い旅をしていた」に実感がこもる。

2首目、「余命約二十年」ということは、80歳までは生きるおつもりのよう。

4首目、「苦しみと感謝」をもっとしなければと思っているのだろうか。

    タイトルになった歌でもあるが「ひどいどしゃぶり」は、現風景というより

    頭の中そのもののようにも思える。

5首目、記憶の再現のような、凍っていた噴水。思えばあれから歳月は過ぎ…

6首目、「これからは晩年」と決めているのは作者自身でもあろう。

7首目、今在ることへの肯定。現状を肯定できることは幸せなことだ。

    個人的にはこの歌がいちばん好き。

8首目、そう、記憶は歳をとらない。記憶は記憶として頭の中に刻み付けられているのだ。

 

    記憶は老いず時のみがゆく 簡潔な冬の木立ちに陽が当たりおり

 

歌集題の素っ気なさに比し、作品はとても丁寧に美しく纏められており、何より抒情的な

一集である。

 

              2020年8月1日発行

               2500円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年8月25日 (火)

『ホタルがいるよ』高橋千恵歌集 六花書林

1981年生まれ、「りとむ」所属の第一歌集。

深刻なことを深刻そうにうたうのでなく、深刻な時こそ心をフラットに

して、むしろ、軽みの方へことばを紡いでる歌。

 

            傷つけず傷つけられず傷つかずそれが恋ならそれが淋しい

    大丈夫またがんばるよお母さん悔しいけれど身体は丈夫

    ああここでメールすべきか金星と三日月くらい離れてしまう

    お母さんきゃらぶきだけで充分よたまには呑もうホタルがいるよ

    手を振ってあなたはいつもやってくる南天の実がクスリと笑う

    しばらくは電話をかけてこないでと二十一時の着信〈母〉に

    なぜみんな家族になりたがるんだろ柿の若葉の露に触れつつ

    如意寺から六つ目の鐘鳴り渡り『山谷集』に栞を挟む

    真ん中のカツを一切れもらいたり師走半ばの土曜の昼に

    交差する飛行機雲を眺めつつ添い遂げるっていいものかしら

 

1首目、いまどきの若者たちは「傷つく」のがイヤだそうな。

    たから、友人に忠告したりケンカを振っかけたりしない。

    ほどほどの距離を保っての友達関係か。しかして、恋人たちもなのか。

    作者はそんな〈恋〉なら、淋しいと感じている。

 

2首目は跋文で三枝昻之氏も書いていたが「悔しいくらい」の4句目が実にいい。

 

4首目は歌集題になった歌。帰省した娘のためにお酒のアテをせっせと作って

   いる母親なのだろう。母娘の交わす言葉のニュアンスまで伝わってきそうだ。

 

5首目の歌を読んだ時、発作的に浮かんできたのは山崎方代の歌だった。

   「一度だけ本当の恋がありました南天の実が知っております」

   高橋さんの歌は、方代の歌と相性がいいかもしれない ?

 

8首目、三枝さんとの出会いは土屋文明記念館ということだし、郷里の大歌人

   土屋文明の歌集を読む殊勝さが好ましい。

 

三十代女性のまぎれもないひりひりした感情がオブラートにくるんでうたわれている。

わたしがぐだぐだ感想を綴るより、とにかく歌集を愉しんでほしい。

そして、味わってほしい。

 

補足だが、このブログでは取り上げなかったが、歯科衛生士という仕事を持つ高橋さんの働く

現場の歌は臨場感がある。今後はもっともっと詠まれてもいいだろう。

いや、詠むべきかもしれない。(なんて、えらそうな物言いになってごめんなさい。)

 

 

 

           跋   カレーでも食べにおいでよ

               ー高橋千恵『ホタルがいるよ』を楽しみながら 

                          三枝昻之

           2020年8月25日 初版発行

             定価 2000円+税

 

 

 

           

 

    

2020年8月19日 (水)

短歌で号泣できるか?  『現代詩手帖』2005年11月号

『現代詩手帖』2005年11月号は、

        【特集】 岡井隆 来たるべき詩歌 

 

だった。読み返していると、この号には多くの歌人の方々が執筆している。

その中で黒瀬珂瀾さんが1首鑑賞として岡井隆氏の下記の歌について執筆。

題して「劇場で離別しうるか」。

 

    三たびまで煮沸されたる液体のやうなこころぞ離別し終る

                   『ヴォツエック/海と陸』

 

    「短歌で号泣できるか?」かつて、この詰問を提示したのは作家・高橋和巳で

    あった。もし、この問いに向かうことがあれば、僕は「短歌では号泣できない。

    しかし、心の涙を静かに絞ることはできる」と応えたい。

 

黒瀬さんの冒頭のことばに引き寄せられ、高橋和巳のどの書に、いつ、どのような状況(状態)で

書かれたのか、発せられたのか、調べようと試みたのだが、浅学のわたしには御手上げの状態。

それは兎も角、そのことよりも黒瀬さんの応えのことばにやっぱりそうか、そうだろうな、

と、納得?したい。

 

そして、この黒瀬さんの本誌分1ページの鑑賞に魅入られた。

 

     (略)それにしても、「三たびまで煮沸されたる液体」とは、何とやるせない諦念を

      込めた表現だろうか。「三度目の離婚」を暗示しつつ、オペラの主人公や液体に仮託

      して変容し続ける主体の姿を描く。ここには詩の冀求と単純な叫びに一線を画す矜持が

      ある。

       スキャンダラスな生を自覚する岡井だからこそこれらの詩語を選択しえた、という

      側面はある。しかし、強烈な「事実」を背景に有しながらも、「吾」を容れる劇空間を

      より重視することで、岡井は「新たな境涯詠」を模索しているのではないだろうか。

      「劇化」と「事実」の虚実皮膜を歩む、強靭かつ悲痛な詩精神。それに僕はささやかな

      涙を零す。

 

岡井さんの本質を見通す優れた眼力の鑑賞であり、黒瀬さんの文章は複雑なものをわかりやすく

読み手に手渡してくれるようだ。

 

「短歌では号泣できない。しかし、心の涙を静かに絞ることはできる」

のですね。わかりました、肝に銘じます。

 

 

 

 

 

 

      

 

 

2020年8月14日 (金)

小説『そこにはいない男たちについて』井上荒野

「ランティエ」2019年7月号でちょい読みした「そこにはいない男たちについて」の

単行本を読了。(当ブログでは2019年6月16日にちょっと紹介ズミ。)

 

料理教室を主宰している実日子(みかこ)は、1年半年前、夫を突然亡くした。

実日子の料理教室の生徒・まりは生活を共にしている夫が嫌いである。だが、

別れられない。

 

   実日子先生の夫はいるのだから。生きている間、ずっと彼女のそばにいて、

   だから死んでしまっても、ちゃんといる。どれだけさびしそうに見えても、

   それだけはたしかだ。              「まり」の述懐。

   

   私が忘れないかぎり、あなたはいるのよ。     「実日子」の述懐。

 

夫が大嫌いになったまりの寂寥すさまじい日々の描写。

夫の実家での姪にたいする仕打ち「このくらいのことは私にもできる」には、一読者として

からだが震えた。(ここまで書ける作家、それが井上荒野だろう。)

 

   別れたらそれきりじゃないですか。まだ責め足りないんですよ。

   毎日ネチネチ責めたいんです。           「まり」

 

女の業(ごう)の悲しさ、せつなさ。

そんな中で鍼灸師の青年・勇介の明るさ・健康な精神が救い。

 

   「慣れちゃだめなんですよ、悪いことには」

 

井上荒野さんの心理描写には唸ってしまう。

女のカワイイところも、醜いところも、全てことばにしてしまう。

どこまで進化し続けるのだろう。作家・井上荒野は。

 

 

             2020年7月18日 第一刷発行

             発行所 角川春樹事務所

             定価 1500円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

  

    

 

   

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