書籍・雑誌

2019年4月18日 (木)

祝 第63回現代歌人協会賞 歌集『温泉』山下翔

念願だった「現代歌人協会賞」受賞、おめでとう。

受賞の報を知って、うれしい、とても嬉しい。

先ず先ず良かったねぇ、の一言のみ。

 

現代歌人集会賞・福岡市文学賞、そして現代歌人協会賞とトリプル受賞。

もう「知らんがな〜」と、嫉妬(笑)されそうだ。

同時受賞は、小佐野彈さんの『メタリック』(短歌研究社)。

2冊の歌集が選ばれたというのも、少しわかるような気がする。

評がたのしみ。

 

短歌史に名前が残る ?

歌が残る。

 

どうぞ、慶び過ぎて、飲みすぎないように。




☆   ☆   ☆

昨日、久留米シティプラザのパティオ(銀のすぷーん前)で見た「満天星躑躅(どうだんつつじ)」。

壷形の小さな白い花が可愛かった。

屈みこんで、注意してみないとわからないくらいの、小さな鈴蘭みたいな白い花だ。

 

こんな小さな白い花にも憧れる。

 

 

2019年4月14日 (日)

山下翔・歌集『温泉』を読む会&出版お祝いの会

福岡市中央区の「あすみん」にて、歌集『温泉』を読む会があった。

四国や長崎からの参加者、そして版元の現代短歌社の編集人・真野少さんも

駆けつけて、盛会であった。

 

本日のお膳立てをしてくださった竹中優子さんはじめスタッフの方々の心の籠った

手作りの「読む会」になった。

受付でひいた籤(栞)には歌1首が印刷されており、その歌の書かれた席に銘々が座るという

形式が珍しかった。

 

ほぼ全員が必ず1度は発言するということで、いろいろな意見や批評や感想に耳を傾けた。

 

       感情を断言する歌が多い(竹中優子)

       山下さんの時間の向き合い方・自分の在り方(水本)

       食べ物の歌について(南)

       斎藤茂吉の歌を巻頭に持ってきたのはなぜか ? (相良)

       28歳の青年がうたうか?

                   「うどんのつゆにくづれてしまふかき揚げのからつとかたしかつて家族は」(古賀) 

                     (注、これは否定的意見ではなく感嘆だったような)

       ふるさとへの思い(樋口)

       「知らんがな〜」と思うような歌がある。(石井大成)

       「歩く」歌が良い。読み手をかすめていって反射してくる歌が多い。(松本千恵乃)

 

 

       

そういえば結句に「歩けば」・「歩む」・「歩く」の歌があり、なかでも以下の「歩く」の歌の「へんなをぢさん」。

        はつなつのわたしはへんなをぢさんなり太き枝細き枝ひろげて歩く

破調だが、決意表明のような以下の歌。

        歩く わたしの自由な意思にあらゆるわたしが連携をしてわたしは歩く

       

 

まだまだ色々な批評や感想があったが「ボーっとしていて」書きとれなかった。

その中で話題になったのは「山下翔の歌の食べ物は、おいしいか、おいしくないか ? 」とか、

「読後、もやもやとしたものが残る」とかが、印象に残った。

 

場所を移しての「お祝いの会」で山下さんが自ら作った「山下翔自筆年譜」を配布。

これは貴重な資料になりそうだ。(「はじめて好きな人に告白。やわらかにふられる。」の記述あり。(笑))


なお、漆原涼さん編集の「温泉街」(山下翔の短歌を語るときわたしたちがうたうこと)の副題付き。

山下さんには当日までナイショで作業を進めた極め付き(笑)の冊子で、山下さんに贈呈。

これは『温泉』より各自1首を選び、260字以内の寸評+返歌を付けるというもので、25名が参加。

濱松哲朗・山階基・龍翔・生田亜々子・白水ま衣なども参加している。(漆原さん、冊子作りお疲れ様でした。)




そして、中村さんのスピーチには泣いてしまった。

山下さんは、みんなから期待され、愛され、守られていることを痛感。

ゼッタイ歌をやめたらいかん。「やまなみ」を退めたらいかん。(そんな心配は勿論、無用か。)

 

ほんとうにほんとうに良い会でした。

 

                           (評と名前の誤記がありましたら、ごめんなさい。)

 

 

☆    ☆    ☆

21時よりNHKラジオ第2放送の文化講演会視聴。

「短歌の明日へ〜日常からの発見」大島史洋・三枝昻之。

これはNHK学園松山市短歌大会(2月23日)の開催のもの。

 

       生活の微妙な機微を掬いとる。

       何でもないことがテーマになり得る。

       生活が歌のなかにくっきりと浮かびあがる。

       短歌だから掬いとれることもある。

 

大島さんの元気な声を聴くことができて、うれしかった。

 

 

       

 

 

      

2019年4月13日 (土)

『季刊 午前』 第57号 季刊午前同人会

特別企画「平成 思い出の場所」

 

     ひとつの年号が終わる。それは、記憶を思い出すきっかけになるかも

    しれない。それは、切れ切れの記憶を修復することになるかもしれな

    い。それは、書きかえられた過去になるかもしれない。そうして、それ

    は、忘れ去られる前のあいさつなのかもしれない。(略)

 

 

時宜を得た「特別企画」は、とても読み応えがあった。

何より評論の吉貝甚蔵の「その場所を今は 昭和喪失ーー平成へ」が、本誌分18ページに

及び、その考察には畏敬の念にも似た思いで読み終えた。

 

    (略)平成は1989年に1月に始まる。一週間の昭和を経て89年は平成になる。

    この年の社会的な出来事は、僕には「六四天安門事件」と「ベルリンの壁」

    である。

 


社会的な動きを軸に文学作品に触れて書かれてあり、集中の引用作品は十指に余る。

吉本ばななの『キッチン』・最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』・『長田弘全詩集』等々。

うまく読解できていないので、うまく紹介できないのが残念でもある。兎も角読んでほしい。

きっと何かを得る ? というか、「平成」という時代を摑むことができるかもしれない。

 

小説では、欅わたる「ヘイセイの居場所」を先ず読んだ。

この小説の掉尾には、わたしの好きな飯田蛇笏の俳句「魂の 例えば秋の ホタルかな」が

引用されていた。

 

それにしても、吉貝さんも書いていたけど「年末に最も頻度が高かった言葉のひとつが〈平静最後の〉

である。あらゆる事柄にこの言葉がもれなく付いてきた。」みたいだ。短歌雑誌の後記などにもこの

〈平成最後の〉が、枕詞みたいな遣われかたをしていたようだ。

 

そういえば、あと半月もすれば「平成」が終わってしまう。

 

                             発行日 平成31年3月31日

                             編集 季刊午前編集委員会

                             制作 (株)梓書院

                                                                                   定価 800円+税

 

                          

 

 

 

 

2019年4月12日 (金)

『冷静と情熱のあいだ Blu』 辻 仁成  角川文庫

      この街はいつだって光が降り注いでいる。

  

      ここに来てから、ぼくは一日たりと空を見上げなかった日はない。

      青空はどこまでも高く、しかも水で薄めた絵の具で描いたように涼しく

      透き通っている。‥‥

 

 

昨日立ち寄った書店で手にした『冷静と情熱のあいだ』。買ってしまった。

2011年の9月の末から10月に訪れたイタリアのことを思い出すために。

読み進めながら、とうとう最後まで読み続けた。

順正とあおいの交わした約束、「2000年の5月25日。フィレンツェのドゥオモのクーポラの上で…」

その約束は、10年後はたして叶えられるのか、どうか。

 

 

      約束は未来だわ。思い出は過去。思い出と約束では随分と意味が違ってくるわね。

 

      未来はいつだって先が見えないからいらいらするもの。でも焦ってはだめ。未来は

      見えないけれど過去とは違って必ずやって来るものだから。

 

 

フィレンツェで、美術品のレスタウロ(修復)の仕事をしている順正(ジュンセイ)。その先生であるジョバンナ。

母のように順正は慕っていたし、ジョバンナのことばは冷静だが、母親のような大きな愛を感じる。

 

     人はみな未来を向いて生きなければならないのだろうか。

 

サン・マルコ修道院。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」。

わたしは私自身の8年ほど前の旅を思い出していた。

 

この書は、同じタイトルで2冊の本が出版されている。江國香織の『冷静と情熱のあいだ Rosso』は、

女性の視点から。珍しい企画である。そして、映画化もされている。

 

 

                                    平成30年4月10日 48版発行

                                         480円+税

 

☆   ☆   ☆

   サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の扉をおそるおそる開きぬ

   蝋燭のほあかり揺らぎ信徒ならぬわたしも祈るかうべを垂れて

   ダ・ヴィンチの描きし「最後の晩餐」を鑑(み)むとて並ぶ人、人、人が

   裏切り者とされたユダなり 裏切るためこの世に〈生〉を享けたのだらうか

   十三個のグラスの並ぶ卓のうへたれも明日(あした)のことさへ知らず

          恒成美代子歌集『暦日』(角川平成歌人双書 平成24年7月)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月 8日 (月)

「平成文語短歌という新しい様式‥‥」 うた新聞 平成31年4月10日

今号より「短歌想望」の執筆は、まひる野の島田修三氏。

「平成短歌史のこと」に触れて書いてあったけど、終わりの方の5行から先が読みたくなった。

 

          (略)

          平成文語短歌という新

          しい様式もあるような気

          もするが、そのあたりは、

          私なんぞも考えて見なけ

          れば、いけないんだろう

          と思う。

 

「結社を基盤とする旧来型の文語短歌‥‥」に、若い世代(平成生まれの作者たちが)の一群が

意識的に馴染もうとしていることは薄々ながら感じとれる。(たとえば、山下翔「やまなみ」や、

門脇篤史・山川築「未来」や藪内亮輔「塔」など、いずれの方々も旧仮名遣いの文語寄りである。)

分析力もないわたしには、これ以上の深いことは言えないし、他の方々を知らない。

 

そこで、やっぱり、いいだしっぺの(笑)島田修三氏に是非とも「平成文語短歌という新しい様式 ?」

について考察してほしいものである。

「短歌想望」が島田氏の連載とならば〈渡りに船〉(笑)

                      書いてくださ〜い。

 

 

 

2019年4月 7日 (日)

『福岡の休日』川上信也 海鳥社

蔵書の整理をしていたら写真集『福岡の休日』が目にとまり、しばらくこの写真集を眺めていた。

福岡の四季を写真家の川上さんが写したもの。

「生まれたての朝を迎え、これまで見たことのない福岡と出会うためにーー。光と風に描き

上げられた一瞬の光景。(略)」の帯文のことばのように、いずれの写真も美しいのひとことに尽きる。

 

 

最初のページは能古島から望む日の出、福岡タワーが真っ赤な空にシルエットとなっている。

写真の美しさもさることながら、折々に挟められた文章が実にいい。

 

       福岡市沖にぽっかりと浮かぶ能古島。すぐ目の前に100万都市を望む。周囲8キロの小さな島。

       とある夏の日、風の香に誘われるがまま、フラリと島へ渡ってみた。気軽に味わえるちょっとした

       島旅という感覚で、気晴らしにはちょうどいい。船で10分渡っただけなのに、街とはまったく違う

       のびやかなる雰囲気が漂う。(略)

 

川上信也さんといえば、5年ほど大分県くじゅうで山小屋生活をしていたみたいだ。

下山後はフリーの写真家として活躍している。

この写真集には、桜の花や早良区椎原のれんげそう、志摩町のハマボウなども収められており、

見飽きない。

前原市加布里漁港よりの夕景は圧巻。「今日の夕焼けはいいねえ」漁師さんの言葉に実感がこもる。

 

                              2006年4月27日 第1刷発行

                                   2000円+税

 

☆    ☆    ☆

ところで、肝心の蔵書の整理だが、それがとても難儀なことで、始末するには忍び難く、

出したり戻したり、なかなかはかどらない。シリーズ本の購入が随分あって未だに処分するのに

迷っている。

     ①『愛の現代史』全5巻  中央公論社 昭和59年

     ②『王朝の歌人』全10巻 集英社 1985年

     ③『君も雛罌粟われも雛罌粟』渡辺淳一 上・下巻 文藝春秋  1996年

     ④『諧調は偽りなり』瀬戸内晴美 上・下巻 文藝春秋 昭和59年

     ⑤『青鞜』瀬戸内晴美 上・下巻 中央公論社 昭和59年

     ⑥『詩歌 日本の抒情』全8巻 講談社 昭和61年

                              等々

 

これらの書はソフトカバーでないし、とにかく厚い、かさばる。それが困るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月 6日 (土)

『久保猪之吉・より江 作品集』 福岡市文学館選書 6

  久保猪之吉は、東京帝国大学卒業後ドイツに留学し、その後九州帝国大学に勤めている。

  福岡では「エニグマ」という同人雑誌を創刊し、加藤回春や若山牧水や伊藤燁子(白蓮)などの

  作品も掲載し、自身も俳句を作っている。

  より江は、松山で小学校入学のため祖父母の家に下宿していたが、同じく下宿していた夏目漱石や

  正岡子規に俳句の手ほどきを受ける。明治40年、猪之吉と共に来福し自宅で文学サロンを形成。

  多くの文人たちと交流した。

  久保より江で先ず思い浮かべるのは、長塚節との交流であろう。節の身元保証人であった久保猪之吉、

  その夫人という立場と共に、正岡子規の相弟子としての親しみ、俳句と短歌と道は違えど同じ文学を

     志す者として、より江はことに節に目をかけている。

  長塚節は、平福百穂の秋海棠の絵を、より江夫人に贈っている。高名な「白埴の瓶こそよけれ霧ながら

  朝はつめたき水くみにけり」の歌は「秋海棠の絵に」寄せられて作られたものである。

 

と、まぁ、ここまでの知識はあったものの、本書は『久保猪之吉・より江 作品集』と銘打つだけあって、

実に綿密に調査され、猪之吉の短歌・俳句・詩・評論を網羅している。

そして、より江の短歌・俳句・小品(エッセイ)などを収めている。

巻末には、歌集のそれぞれの書影も収めてあり、さらに、各々の歌集・句集の目次まで転載している。

 

 

こんなに大変な作業 ? を。どれだけの時間をかけて、何名で執筆したのかと驚いている。

とても貴重な1冊だから、関心のあるかた、或いは研究しているかたは是非、手にとって読んでほしい。

ちょっとだけ久保より江の春にちなむ俳句を紹介しよう。

 

      猫の子の名なしがさきにもらはれし    久保より江

      猫の子もひいなの前に籠ながら        〃

      泣き虫の子猫を親に戻しけり         〃

      春愁やこの身このまヽ旅ごころ        〃



        紫羅欄(あらせいとう)の花 (日記)          久保より江

      (略)私はこの十数年住み馴れた福岡がすきである。博多といふひヾきもなつかしい。

       博多児の意気も嬉しい。唯もすこしすべて大様だつたら尚よからうと思ふ。この

       頃は何だか世の中が面倒くさくしやうがない。狭いうるさい世の中なんかに出よう

       より、うちの庭で草花でも相手にしてゐる方がよつぽどましなやうな気がする。

                                      (大八、四)

 

                             

                             企画・編集  坂口博/神谷優子

                                 2019年3月28日発行

                                   1500円+税

                                   発売  花書院

                    

 

      

 

 

2019年4月 2日 (火)

馬場昭徳歌集『夏の水脈(みを)』 なんぷう堂

2013年から2018年までの作品から400首を選び収めた第五歌集。

著者は長崎にお住まいで「心の花」所属。

 

 

   この春もこれみよがしに桜咲きこれみよがしがわれは好きなり

   日本語にこれまではなき斬新な語法駆使せし歌をボツにす

   癌病むと聞きしは八月十日なりひと月も経ず逝きてしまへり

   釣り竿の六本残しこの家にもう五年ほど帰らぬ息子

   被爆後の七十一年を生きて来し九十二歳が声ふりしぼる

   一年に三百六十五回ある十一時二分の今日のそのとき

   二発目を終戦前にどうしても落しておきたかつたのだ きつと

   四百八十メートル 原爆が爆発したる高さ忘るな

   あと十年一緒に暮すべき人が隣の部屋でテレビ見てをり

   長崎の港はるかに見下せば夏の水脈曳き船は出でゆく

 

 

1首目、まさに「これみよがし」の桜のようだ。その「これみよがし」がわたしも嫌いではない。

   今日も今日とて、桜の下を歩いてきた。

 

2首目、結句がいかにも馬場さんらしい。斬新は〈奇抜〉と表裏一体。そういう技はアウトなのか。

 

3首目、2人に1人は癌に罹る ? ともいわれている現在、他人ごとではない。「ひと月も経ず」なんてコワイ、

    悲しい。

 

4首目、「五年ほど」なら、まだまだ上出来。息子には息子の生活や信条があるのだ。

 

5首目、「被爆後の七十一年」・「九十二歳」の数詞によって、この歌にいのちが。

 

6首目から8首目にかけては「四百八十メートル」の章の連作の中の3首。

    原爆を直接には体験していない著者が、問題意識を持って成した一連である。

    この章があることで、この歌集はぐ〜んと重みと深みを増したようである。

 

9首目、「一緒に暮すべき人」をうたった歌が他にもあるが、いずれの歌も素っ気ない。

    素っ気ないふりをしているのだが、その愛情(笑)は、伝わってくる。

    それにしても、馬場さんはもっと太らなくちゃ。44キロとか43キロだと春の風にも

    吹き飛ばされそう ? でもないか。

 

 

ところで、「なんぷう堂」って、南風の「なんぷう」かしら。

これって、馬場さんの……

 

 

    

2019年3月26日 (火)

合同歌集「陽だまり」2号 完成

短歌サークル「陽だまり」の合同歌集2号が出来上がった。


昨年の春1号を出しているので順調な歩みである。などと、わたしが暢気に言うのは口幅ったい。

せめて「メカトジータ」くらいは準備した方がいいかな、などと思っていたら、

Tさんが、すでに用意していて、本日の歌会の前に手分けして作業、完成した。

(わたしは、昨日の続きの文庫などを読んでいたが…(笑))

 



表紙の「陽だまり」は、書道をなさっている Y さんの奥様の字で昨年と同様。すでにロゴ化状態。

カットは絵手紙をなさっているSさんのを昨年同様に起用。

今回は皆さんのエッセイも掲載したので、親しみやすい。

わたしも参加した。エッセイは、久世光彦の『触れもせで』の感想を綴ったのだが……

 

 

2019年3月25日 (月)

『銀座に生きる』鈴木真砂女 角川文庫クラシックス

星野村の大叔父が亡くなったので、お通夜に八女まで出掛けた。

小さな子どもたちが大勢参列していたのが印象深かった。

大叔父の孫たちであろうか。曾孫の赤ちゃんもいた。

道中の読みものは、鈴木真砂女の『銀座に生きる』。

お通夜にむかうのには些か相応しくない ?  書だと思いつつ、この書は

先週の「竹下祭り」の古本で購入したもの。

 

       罪障のふかき寒紅(かんべに)濃かりけり

 

      (略)二度結婚して、二度離婚してわたしの相手はみんな死んでしまったのに、

        罪障のふかい女は八十をこえた今も元気に立ち働いている。

 

ここまで読んで、本を閉じた。

帰宅して続きを読みたいところだが、明日もまたお出掛け。

 

        今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ)   鈴木真砂女

 

                  平成10年11月25日 初版発行

                       500円+税

 

 

 

        

 

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