書籍・雑誌

2017年5月24日 (水)

『アカシヤの大連』 清岡卓行 講談社文芸文庫

5月の雨のあと、いっせいに花が開いて、甘い芳香を放つアカシアの花。

その花は大連の街路樹ともなっている。

正式名はニセアカシア。

アカシアの中国名は「槐花(ファイファ)」と呼ばれる。






昨年の6月に大連を訪れたのだが、その時はすでにアカシア祭りもすんで、

残り花さえもなかった。

アカシアといえば、すぐに思い出されるのが、清岡卓行の『アカシヤの大連』。

書棚にあるのはわかっていたが、小さな字で結構分厚いので再読するのを

ためらっていた。

1年ぶりの旅で飛行時間が長いのでその文庫を持参した。



清岡卓行は、1970年第62回芥川賞を受賞している。

2006(平成18)年、6月5日、肺炎で死去、83歳であった。








        それは、彼にとって、生れて何回目かに経験する、大連の

        アカシヤの花ざかりの時節であっただろう。彼は、アカシヤの

        花が、彼の予感の世界においてずっと以前から象徴してきた

        ものは、彼女という存在であったのだと思うようになっていた。



日本の植民地大連で生れた彼女と自分。大連に住んでいた殆どの

日本人、20万人が祖国に引き揚げたあとも大連に残り、無名の生活を

慈しんでいるように見えるということ。いわば、運命の共同の中で彼女への

思慕に傾いていく。






        アカシヤの花が散らないうちに、あの南山麓の山沿いの長い

        舗道で、遠くにかつての自由港がぼんやりと浮かぶ夕ぐれ

        どきに、と彼は思った。






彼女にプロポーズする時は、「アカシヤの花が散らないうちに、あの

南山麓の山沿いの長い舗道で……」、

なんともロマンチックで抒情的なことか。


                   昭和63年2月 第一刷    定価 760円









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昨年の6月9日〜12日に大連を訪れた。

その時の宿題?の『アカシヤの大連』を、読む機会に恵まれた。

このたびの、ヘルシンキまでの飛行中に読むことができたのは

幸いであった。

機内食を2回とったものの眠気に襲われず、読了。

2017年5月23日 (火)

『泣く大人』 江國香織  角川文庫

洗練されたお洒落な文章のつまったエッセイ集。

江國香織の、優雅で、ほどほどに我儘で、そして、繊細さが伝わってくる。

生き方がぶれない?ところがいい。

        忙しいというのは悪いことではないけれど、忙しがるのは

       はずかしいことだ、と私たちは考えているので、必然的に

       やせがまんには一目おいているのだ。

        やせがまんも優雅の一部だと思う。

                            「優雅な退屈」より







忙しい忙しいとのべつ幕無しに愚痴るのは、恥ずかしいことなのだ。

(まぁ、言う方も多少の〈謙遜自慢〉も含まれていると思うのだが……)

著者、江國香織は2004年『号泣する準備はできていた』で、第130回直木賞を

受賞したが、小説を書く心得みたいなものを『舌の記憶』(筒井ともみ/

スイッチ・パブリッシング刊)の書評にことよせて以下のように記している。







       たとえば小説を書くときに、「せつなさ」をつくりだすのはむずか

       しい。「かなしみ」や「不幸」、「困難」や「苦痛」や「淋(さび)しさ」

       は、状況をつくることで存在させ得るが、「せつなさ」は、そうは

       いかない。そもそも説明のつかない感情なのだ。



短歌作りにも当て嵌まるような言葉だ。

状況の説明ではなくて、そもそも説明のつかない「せつなさ」みたいなものを

1首にしょうとして、七転八倒しているのではないか、わたしたちは?


「あとがき」の言葉もなかなか洒落ていて、ちょっと笑えて、ちょっとせつない。

       略ーー

       生活というものはつねに小波の立っているもので、しかも刻

      一刻姿を変えてしまう。それをみつめようとすることは、しばしば

      笑ってしまうことでした。

        なにをやっているんだか。

        おもては初夏です。庭の沙羅双樹には、小さな、白い花が

        咲いています。

                
                                                     平成16年8月25日  476円+税

 

 

 

2017年4月27日 (木)

『ポケットに物語を入れて』 角田光代 小学館文庫

帯の惹句には「極上のエッセイ集」とある。

文庫本の解説なども収められており、50余篇の本の紹介を兼ねている。

図書カード30000円使い放題の「本が呼んでいる」は、読んでいる

わたしまで浮き浮きして、本選びに付き合った?




この書で、はじめて知ったのは角田光代は開高健贔屓であったということ。

意外な気もするけど、そう言われればそうだろうな、とも思える。






そして、彼女(角田さん)は、忌野清志郎が大好きなのだ。

「忌野中毒」や「安心しろ。君はまだ大丈夫だ。」を読むと、そういえば歌人で

忌野清志郎を好きな人を思い出した。

「八雁(やかり)」という歌誌に忌野清志郎のことをえんえんと連載していた

「鳩虫」(ペンネーム)さん。エッセイだったけど、「忌野清志郎試論」は、

短歌の雑誌には珍しく、鳩虫さんの文体、好きだったな。



角田さんのエッセイのなかでいちばん好きな言葉は以下。

      --略

     つまり、この人の言葉は詩なのだな、と思う。ふざけているようでも、

     怒っているようでも、馬鹿馬鹿しいようでも、説教のようでも、言葉の

     ひとつひとつが詩になってしまっていて、だから、光景を見せる。

     小説は情景を見せるが、詩は光景を見せる。ーー略

              「安心しろ。君はまだ大丈夫だ。」

                  忌野清志郎『瀕死の双六問屋』(小学館文庫)




旅に携行するつもりで買ってきた文庫本だったのに、読んじゃったよ。

             2017年4月11日  初版第一刷発行  670円+税









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北九州市八幡東区の通りのなんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)の花が綺麗

だった。ああ、ことしも会えたね、と思った次第。





このブログも今日で満3年経過。

飽きやすいわたしなのによく続いたよ。

さぁ、これからどうする?


    

           

 

2017年4月21日 (金)

『木俣修のうた百首鑑賞』 外塚 喬  現代短歌社選書

木俣修の薫陶を受けた一人として、著者なりの木俣修像を描き出す

ことができたら……と、「あとがき」に記す。

人口に膾炙した作品ではなく、著者自らがこころ惹かれた作品を選んで

鑑賞している。

木俣修が亡くなったのは、1983(昭和58)年、4月4日だった。

すでにあれから30数年の歳月が過ぎている。

著者が編集発行する歌誌「朔日」に、2014(平成26)年5月号より連載を

はじめ26回で完結した「木俣修のうた百首鑑賞」である。






木俣修といえば、『昭和短歌史』の人という、印象が強い。

その緻密な短歌史のお世話になった人も多いことだろう。

作品よりも論客としての印象が強いのも前記『昭和短歌史』の著書の

所以でもあろう。






この百首鑑賞本は、とても丁寧であり、100首鑑賞とはいえ、引用されて

いる歌は260首程に及ぶ。この1冊を読めば、木俣修の全体像が理解できる

書となっている。






100首の歌を巻頭に並べ、集中に引用された260首程の歌は巻末に一覧

出来る。そして、年譜も付いているのは研究者にとってもありがたいのでは。

    来むとしは一つまとめたき仕事ありそれ以外には思ひ及ばず

                             『昏々明々以後』

     掲出歌は、最後に残された九首のうちの一首である。修は、四月

    四日、慶應義塾大学病院において腎不全のために七十六歳の

    生涯を閉じている。亡くなってから家族が紙片に書き残していた歌を

    発見している。ーー略


著者の外塚自身は「一つまとめたき仕事」を成して、こころ安らかにいる

ことであろう。

木俣修の歌といえば、わたしは5月になると以下の歌が思い出される。






    リラの花卓(つくゑ)のうへに匂ふさへ五月(さつき)はかなし

    汝(なれ)に会はずして








                     2017年4月21日発行 2000円+税


    

 

2017年4月16日 (日)

『万葉歌の世界』 久恒啓一監修 久恒啓子著 地研

「女流歌人が詠み解く ! 」の副題の付いた書で、タイトルの横に

「今に詠い継がれる最古の歌集」と添えられている。




副題の「詠み解く」は、「読み解く」では、ないだろうかと思いつつページを

捲る。著者は、『万葉集の庶民の歌』も以前出されている万葉集をライフ

ワークとして、研究している大分在住の「波濤」同人である。



本書の構成は以下のようになっている。


              〇遣新羅使人の歌

              〇中臣宅守と狭野茅上娘子との贈答歌

              〇山上憶良の歌

              〇防人の歌

              〇東歌

              〇作者未詳の歌






著者は参考にする学術書、研究書など買い集める傍ら、万葉歌の詠まれた

現地に実際足を運び調査している。現地に立つことによって気候や風土や

地理的条件を知り、彼らの悲しみや苦悩を想像している。






336ページのぎっしり字の詰まった(笑)書なので、まだ読みはじめたばかり

なのだが、とりあえず「山上憶良の歌」の章を読んでいるところ。





それで一つ気になったのは、巻末に「参考文献」は掲載しているのだが、

集中の引用文献の書名などが書かれていないことである。たとえば、

「梅花の宴」の章で、大庭みな子氏の言葉を3行に渡って引用している。

しかし、大庭みな子氏の書名も出版社もここには書かれていない。

(たぶん、大庭みな子氏の万葉関係の書だと思うが……)

これでは、どこからの引用かが読者には不明である。巻末の参考文献にも

掲載されていないのは、なぜなのだろう。


評論や評伝などで引用する場合は、出典を明らかにするのが大事だろう。

この書は、労作ゆえにそのことが惜しまれてならない。

そんなことを思いながら読み進めている。






                        2200円+税  2017年3月13日

    

 

2017年4月14日 (金)

『景徳鎮』 大辻隆弘歌集 砂子屋書房

2011年から4年間の作品、350余首を収める著者第8歌集。

『景徳鎮』とは、中国の青磁器産地の名前で、青ざめた白い肌地に

心惹かれたと「後記」に記す。







    何なすとなき冬の日を青鈍(あをにび)のひかりにゆがむ河口まで来つ

    道のうへを風痺(ふうひ)のひとり歩みをり慎みてそのかたはらを過ぐ

    ハルシオンやめてデパスを選みたるそのいきさつを嬉々として言ふ

    小心と保身を彼に遺伝しておもへば一生(ひとよ)なかばも過ぎぬ

    この歌が載るときにもう父はゐないさう思ひつつ歌を直しゐつ

    平かになりにし父の胸に射すきのふ雨水(うすい)を過ぎたる陽ざし

    聴覚は終(つひ)に残ると言ひしかどそを確かめむ術(すべ)はもう無い

    ノースリーブの腕のひかりの苦しくて好きになつたらあかんと思ひき

    踊り場の壁に掛けたる絵が揺れてどこから風が来るか知らない

    葡萄酒に浸しし麺麭を肉と呼ぶかかる思想をわれは好まず






①首目の歌は、歌集巻頭の歌。「青鈍(あをにび)のひかりにゆがむ」の

把握、この巻頭の歌は、著者の歌のありようを確と示している。抒情が

清明である。



②首目の歌は、恥ずかしながら「風痺(ふうひ)」がなんのことか一読、

 わからなかった。字を眺めているうちに、ひょっとして痛風?と思い

 あたった。

 (こういう難しい言葉を難なく遣う人には、高野公彦さん?がいる。)

③首目は、「嬉々として言ふ」のは、誰かということはこの歌では説明して

  いない。そこを誰と確定していないのがいいと思う。そういえば『歌壇』の

  5月号で 「4Wを伝えるのは短歌の目的ではないということ…」と、書き

 「 『読み』を信頼する」態度を説いていたのは、大辻さんだった。

④の歌は、土屋文明の「意地悪と卑下をこの母に遺伝して一族ひそかに

 拾ひあへるかも」が思い出された。




⑤首目の歌は、2013年3月に亡くなられた父君の、生前にその死を想定して

 詠まれたものだろう。その悲しみが美しい。



⑥首目の歌は、いちばん好きな?歌。「雨水(うすい)を過ぎたる」が効を奏し

 ているような。

⑦首目の歌は、確かめる術はないのだけど、とにかく最期まで耳元で声を

 掛けなさい、ということを看護師から言われたことを思い出した。母の臨終

 に、わたしたちは「おかあさん、がんばったねぇ」とねぎらい、「ありがとう、

 ありがとう」と告げたものだ。(わたくしごとながら…)



⑨首目、こういったなにげない歌もいいなぁ、と思う。




⑩首目は、歌集掉尾の歌。礼拝の場面でインティンクション?だろうか。

 「かかる思想」をわたしはよく理解していないのだが、結句の「われは

 好まず」の断定が気持ちいい。






歌集題もさることながら、満を持して出された歌集のような、力を感じる。

きっと好評を得るだろう。






                  2800円+税      2017年3月20日発行

 
  

2017年4月13日 (木)

『文脈力こそが知性である』齋藤孝 角川新書

書店で平積みされているのが目にとまった。

短歌をしていて、〈文脈〉というのをこのところよく考える。

而して、何か参考になるんじゃないかしらと購入。

ハウツー本といっていいのか、どうか。

齋藤孝の『語彙力こそが教養である』はベストセラーになったらしいが、

そちらは残念ながら読んでいない。







        ①知的であるということは、柔軟であること…

        ②知識の土台、感覚の共有がないと話が通じない…

        ③「違いを知る」ことが相手への理解のきっかけになります。

        ④言葉がもたらす影響について、客観性をもつこと、想像力を

         働かせることがとても大事…






まだまだあるけど…書けばきりがない。

ポイントがゴチックで表記されているので、読み易い。集中しやすいというか、

文章が平易で理解しやすいのが、うれしい。


        その場の状況を感知することができない、相手の感情に対する

        配慮もできない、ただ自分の主観的な視点だけで動いてしまう

        というのは、「子どもっぽい」ことです。







おお、なんと耳が痛いことか、

いや、読んでいるから、目か。

飛蚊症みたいに目の前に黒~い糸状のものがチラチラする…

状況を感知する力、なかなかムツカシイ。







                 840円+税  2017年2月10日 初版発行

 

2017年4月12日 (水)

『新潮』2017年4月号 角田光代「深い森」私的感想文

梯久美子の『狂うひと』の書評。

書評といえど、4ページもの長い論評ともいえる。

さすが~というか、まいったまいったと思いながら図書館で読了。

        書かなければ現実ではない、

        ということを裏返せば、書けば現実となる、

        書けば存在する、ということになる。







敏雄とミホの二人の動静をかように論破するあたり、ホントにわが角田さま

である。そして、敏雄とミホの「書くことについて」は以下のように考察して

いる。


       人生を棒に振ることも厭わず、

       他人を思いどおりにするまで、

       運命を変えるまで、

       二人にしかわからないことを続ける。

       つねに言葉を介在させて。






そして、梯の『狂うひと』については、





      私がもっとも胸打たれ、感動するのは、本書が何をも脅かさず、

      何をも損っていないことだ。


これって、評伝を書くときの〈心構え〉みたいにも思えてくる。

読めてよかった、よかったよ。



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第40回俳人協会新人賞を受賞した『山羊の角』の鎌田俊氏。

『俳句』4月号に掲載されていた。その中で注目したのは、角川春樹氏の

「自己の投影」という言葉。それを句作する上で鎌田氏は頭に置いているの

だろうか。

昭和54年生まれといえば、今年38歳。「河」所属。

「自分の心の年譜につながる句が出来のよしあしに拘らず愛着があった」

という角川源義氏の言葉もひいてある。




短歌の新人賞受賞の人たちとの違いを(方法論的に?)痛感した。

2017年4月 7日 (金)

『竹下しづの女・龍骨 句文集』 福岡市文学館選書 

平成28年11月9日〜12月11日にかけて福岡市文学館企画展は

「竹下しづの女と龍骨」だった。

その図録?ともいうべき書が、福岡市文学館選書として、ようやく刊行に

なった。

竹下しづの女の句文集は勿論だが、息子の龍骨の「成層圏」なども

収められており、貴重な一冊となっている。




竹下しづの女は、明治20年3月19日、福岡県行橋市に生まれ、

昭和26年8月30日没、享年64歳。

しづの女といえば必ず引き合いに出される俳句は、

        短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)






この書の「自句自解」のなかで次のように書いている。



        --略

        即ち此句に現われてる女は、現今の過渡期に半ば自覚し半ば

        旧習慣に捕えられて精神的にも肉体的にも物質的にも非常なる

        困惑を感ぜしめられ懊悩(おうのう)せしめられている中流の

        婦人の叫び=(心の)であります。--略

「須可捨焉乎」については、俳句だって最も現代的な語で表わして意の

迫ったところを表してもよいのだろうと断行したと。

漢文表記、字余り、破調、口語使用と大正9年の作品としては、斬新過ぎる。

それゆえに、当時の俳壇で様々な議論も起きたのだろう。でも「須可捨焉乎」

って、この書の解説の野中亮介氏も書いているけど、反語だと思う。





        --略

       「捨ててしまおうか、否、決して捨てることなどしない」そこには

       単なる否定を越えた強い現状肯定があります。

                [解説] 心高鳴り    野中 亮介(俳人)






折角なのでしづの女の俳句を『定本 竹下しづの女句文集』より。






               子をおもふ憶良の歌や蓬餅

               涼しさや帯も単衣も貰ひもの

               汗臭き鈍(のろ)の男の群に伍す

               悪妻の悪母の吾の年いそぐ

               苺ジャム男子はこれを食ふ可らず

               かたくなに日記を買はぬ女なり

               離れ棲む子の天遠し星祭る

               憂愁は貧富を超ゆる青葉木兎

               天に牽牛地に女居て糧を負ふ





早逝した夫のかわりに、仕事(図書館勤務)をし、5人の子どもを育て、

農地を耕し、母の看病に奮闘した竹下しづの女。

その俳句から、彼女の<生>のありようが伝わってくる。





そして、しづの女の次のことばはスゴイ。

芸術に進歩はない。あるのは変遷ばかりである。」(句文集の「あとがき」)





俳句をなさらないかたでも、読んでほしくなる一冊である。


                   2017年3月31日  福岡市文学館 発行

                   有限会社 海鳥社発売

                   1500円+税

 

 

 

        


    

 

2017年4月 4日 (火)

『うた燦燦』 道浦 母都子  幻戯書房

百人一首から現代まで、エッセイの中に180首の歌を収録している。



         Ⅰ うた彩々

         Ⅱ ふり返り

         Ⅲ 口ずさみ「百人一首」

         Ⅳ あこがれ


4つの章で構成されており、Ⅰの「うた彩々」では、春・夏・秋・冬と四季に

わたっての歌を引用している。その中の秋の章から1首を。





        海を見よ その平らかさたよりなさ 僕はかたちを持ってしまった

                          服部 真里子『行け広野へと』から

 

        --略

        「海を見よ」の初句の強さから、結句まで一気に打ち下ろして

        いくような一首。「僕」は、ひょっとすると、海のことなのかもしれ

        ない。平らかで、たよりない、でも、かたちを持って存在する海。

        海の不安定性を呈示し、そこに、自分を重ねているのだろうか。

        -ーー略

道浦母都子の鑑賞がたのしい。




そして、Ⅱ章では、プライベートなことをさらりと綴っている。

『無援の抒情』により全共闘運動を象徴する歌人となってしまった著者の

心根が素直に語られている。





わたしはⅢ章の百人一首の鑑賞が好きだ。

固くなくて、読み易く、理解しやすい。自身に引きつけて鑑賞しているところ

など著者らしいと思いつつ読んだ。

                       2017年4月17日  2400円+税







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春の暖かな日差しを受け、天地万物が清らかで、生き生きするころ。

本日は「清明(せいめい)」であった。

福岡の桜も今日あたりが見頃だったようで、また明日から天気は下り坂。

ただいま、空には上弦の月が朧に浮かんでいる。

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